scene3 消えた音楽
居住区を離れ、ティエナは交易路に沿って歩いた。
かつて、この道には音があった。
足音や荷車の軋みとは別の、目的を持たない音――
誰かが気まぐれに奏でる旋律が、確かに存在していたはずだった。
今はない。
路地の角に、演奏台だけが残っている。
木製の床は摩耗しているが、その上に立つ者はいない。
立て札も、注意書きもない。
ただ、使われていないという事実だけがそこにある。
楽器店は、営業している。
扉は開き、品揃えも整っている。
弦楽器も、笛も、打楽器も、埃を被ってはいない。
だが、店内は静まり返っていた。
試し弾きの音がしない。
調律の確認すら、行われていない。
店主は、帳面をつけながら淡々と言う。
「壊れてはいませんよ」
「ただ……鳴らす機会が、なくて」
必要がない。
それだけの理由だった。
子守歌は歌われていない。
鼻歌も、仕事の合間の口笛もない。
音楽は、禁止されたわけではない。
否定もされていない。
ただ――求められていなかった。
通りを歩きながら、ティエナはふと立ち止まる。
記憶の底から、旋律が浮かびかける。
名もない、精霊とともに覚えた短い歌。
口を開きかけて、彼女はやめた。
音を出す理由が、見つからなかった。
誰も求めていない場所で、
感情を揺らす音を鳴らす必然が、ここにはなかった。
こうして、音楽は街から静かに退いていった。
排除されたのではない。
必要がないものとして、選ばれなかっただけだった。




