scene7 取り返しのつかない確定
広場の片隅で、
一人の市民が、何気なく口にした。
誰に言うでもない。
確認するようでもなく、
ただ、生活の一部として。
「……もう、休まなくていいんですよね」
声は穏やかだった。
疑問ではなく、共有。
不安ではなく、整理。
その言葉が発せられた瞬間、
ティエナは理解してしまった。
──否定できない。
否定すれば、
この街が誇ってきたものすべてを否定することになる。
争いのない秩序。
感情を抑え、摩擦を避け続けた日々。
「問題を起こさない」という価値判断。
それらはすべて、
彼ら自身の選択で積み上げられてきた。
そこへ今さら、
「休むべきだった」
「立ち続ける必要はなかった」
そんな言葉を投げれば、
癒しではなく、破壊になる。
ティエナは、唇を開けかけて、閉じた。
沈黙したのは、
精霊ではない。
彼女自身だった。
その一瞬の逡巡を、
人々は否定として受け取らない。
肯定とも、命令とも違う。
だが、十分だった。
市民は、静かに頷いた。
周囲も、それに続く。
確認が、合意に変わる。
合意が、前提になる。
ティエナは、
自分の言葉が、もうここにないことを悟った。
発した瞬間に、
解釈され、共有され、
街の判断として固定された。
彼女の意図も、迷いも、
修正の余地も、
その中には含まれない。
沈黙は、
もはや問いではない。
祝福として、
確定してしまった。
ティエナは、
何も言えずに立っていた。
癒しを与えなかったからではない。
誤った言葉を選んだからでもない。
「意味」を与えたこと自体が、
取り返しのつかない行為だったのだと。
その認識だけが、
彼女の内側で、
静かに、確定していた。




