scene7 沈黙の理由(示唆)
ティエナは、街外れの倉庫街に近い小さな空地で、足を止めた。
誰もいない場所。
物流の動線からわずかに外れただけで、音が薄くなる。
それでも完全な静寂にはならず、街の規則正しい鼓動だけが、遠くで続いている。
彼女は、目を閉じた。
精霊を「呼ぶ」ことはしない。
ただ、そこにあるものを感じ取ろうとする。
――わずかに、残っている。
風の端に、熱でも冷たさでもない揺らぎがある。
濃度は低く、形も曖昧だが、確かに精霊の名残だった。
傷ついてはいない。
疲弊してもいない。
怒りも、悲しみも、拒絶もない。
ただ――理由がない。
人の感情が、摩耗しないように削られ続けた街。
衝突が起きる前に調整され、摩擦が生じる前に均される日常。
怒りは未然に解消され、
悲しみは表に出る前に処理され、
喜びすら、波立たない形に整えられている。
精霊が関わる余地が、ない。
癒しが必要になるほど、壊れない。
励ましを要するほど、沈まない。
導きを求めるほど、迷わない。
人は、困らなくなった。
同時に、精霊を必要としなくなった。
精霊は、それを理解している。
だから沈黙している。
拒否ではない。
失望でもない。
罰でもない。
――選ばなかっただけだ。
関わる理由が消えた相手に、無理に声をかける必要はない。
求められない癒しは、癒しではなくなる。
ティエナは、ゆっくりと目を開いた。
精霊は、去っていない。
だが、振り向いてもいない。
この街で成立しているのは、
「問題のない人間社会」だった。
そこに、精霊が加わる必然は、もう存在していなかった。




