scene6 ティエナの違和感
ティエナは、街を歩き続けた。
意図的に路地を外れ、人の少ない場所を選び、足を止める。
疲労の気配、痛みの滲み、感情の歪み――これまで彼女が癒しを始めるきっかけになってきたものを、探すように。
だが、見つからない。
倒れかけている者はいない。
声を荒げる者も、泣いている者もいない。
苛立ちや焦燥が、空気に棘を作ることもない。
「苦しんでいる人」が、いない。
それは本来、安堵すべきことのはずだった。
だが同時に、ティエナは別の感覚に足を取られていた。
――救われている、とも感じられない。
人々は問題なく生きている。
壊れていない。
だが、満ちてもいない。
精霊に意識を向けても、応答はない。
沈黙は拒絶ではなく、最初から会話が想定されていない静けさだった。
判断の基準が、失われる。
癒すべきかどうかを決めるのは、精霊の揺らぎだった。
痛みや疲労以上に、「呼ばれている」という感覚が、彼女を動かしてきた。
だが、この街では――
その呼び声が、存在しない。
拒否される方が、まだ関係がある。
恐れられ、拒まれ、遠ざけられても、そこには接点が残る。
ここでは、そうではない。
癒しは、拒まれてすらいない。
届く以前に、想定されていない。
ティエナは立ち止まり、胸の奥に溜まる違和感を確かめる。
この街は、静かだ。
整っている。
誰も困っていない。
それでも――
彼女の中で、癒しは一歩も踏み出せずにいた。
ここには、呼びかけがない。
そして、呼ばれない癒しは、ただの風にすらなれなかった。




