scene5 市民たちの均質な日常
市場は賑わっていた。
だが、その賑わいは音量ではなく、配置によって成立している。
露店は等間隔に並び、通路は人が滞らぬ幅を保っている。商人たちは互いに譲り合い、値を巡るやり取りも短く、感情を挟まない。声は低く、語尾は揃い、必要以上に続かない。
品を落とした者がいれば、近くの誰かが黙って拾い、手渡す。
礼は簡潔で、笑顔は浮かぶが、すぐに消える。
失敗しても、空気は乱れない。
成功しても、場は沸かない。
宿に入っても同じだった。
客は静かに席に着き、注文は的確で、給仕の手を煩わせない。料理が遅れても、苛立つ者はいない。早く出ても、喜びの声は上がらない。
「十分です」
その一言で、すべてが片付く。
倉庫街では、人足たちが黙々と荷を運んでいる。声を掛け合う必要がないほど、動線は最適化されていた。ぶつかることも、口論もない。効率は高いが、熱は感じられなかった。
ティエナは、子どもたちの姿に足を止めた。
空き地で、数人が簡単な遊びをしている。
走り、追いかけ、転ぶ。
だが、笑い声は弾まない。
口元は緩むが、声は抑えられ、すぐに元の静けさに戻る。
叱る大人も、煽る大人もいない。
危険がない範囲で、ただ遊ばせている。
酒場も開いていた。
だが、酔客はいない。
杯は進むが、顔は赤らまず、声は上がらない。歌もなく、愚痴もなく、肩を組むこともない。酔うための場所ではなく、摂取の場として機能している。
争いはない。
不満もない。
同時に、溢れるものもない。
ティエナは、精霊に意識を向けた。
やはり、反応はない。
拒絶でも、拒否でもない。
感情が生まれ、揺らぎ、呼びかける余地そのものが、薄く均されている。
この街では、誰も傷つかない。
そして、誰も深く癒されることがない。
均質な日常は、安定という名の静寂を保ちながら、今日も滞りなく流れていた。




