scene5 波紋(小)
ハルドが歩き去ったあとも、広場は変わらない。
少なくとも、見た目には。
井戸の滑車が回り、
修理屋が金属を叩き、
屋台の主人が代金を数える。
音は続いている。
流れも止まらない。
だが、近くにいた数人が、
理由もなく息を吸った。
深く、ゆっくりと。
自分が呼吸をしていることに、
気づいたような間だった。
肩を回す者がいる。
首を傾ける者がいる。
その場にしゃがみ込み、荷を地面に置く者もいた。
誰も、声を上げない。
驚きも、歓喜もない。
「楽になった」と言葉にする前に、
身体が先に反応してしまっただけだ。
彼らは顔を見合わせない。
理由を探さない。
「疲れていたのかもしれないな」
そんな曖昧な納得で済ませる。
変化は、波紋のように広がる。
だが、石を投げた者はいない。
水面が揺れたことに、
誰も注目しなかった。
広場は、相変わらず“途中”の場所だ。
集まる理由はなく、
留まる理由もない。
それでも、
ほんの数歩のあいだだけ、
人々の動きは緩んだ。
歩幅が小さくなり、
速度が落ちる。
それは奇跡ではない。
宣言も、祝福も伴わない。
ただ、
無理をしていた部分が、
少しだけ解けただけだ。
誰も拍手しない。
誰も集まらない。
広場は、静かに、
いつも通りの顔をしていた。




