scene3 癒しの試み
行商人は、荷車の脇に腰を下ろしていた。
年の頃は三十を少し過ぎたほど。肩口を押さえながらも、表情に苦痛の色は薄い。
「少し、重い感じがしてね」
それだけを告げて、彼はそれ以上を求めなかった。
治してほしいとも、楽になりたいとも言わない。ただ、事実として疲労を申告しただけだった。
ティエナは、静かに向かい合う。
この街では、癒しを持ち出すこと自体が浮いている。それでも、彼女はいつも通りの手順を崩さなかった。
風を、通す。
呼び寄せず、強めず、ただ流れを開く。
本来なら、そこに精霊が重なり、滞ったものを撫で、ほどいていくはずだった。
――何も、起きない。
空気は動く。
衣の端が揺れ、髪がわずかに持ち上がる。
だが、それだけだった。
精霊の反応は、ない。
触れた感触も、返ってくる余韻もない。
ティエナは、わずかに息を整え、もう一度だけ同じ動作を繰り返した。
結果は変わらなかった。
行商人は、その様子を静かに見ていた。
首を傾げることも、落胆の息を漏らすこともない。
「……そういうものですか」
それが、彼の感想だった。
疑いでも、皮肉でもない。
評価ですらない、ただの受け取り。
「変わった感じは?」とティエナが尋ねると、行商人は少し考え、
「特には。さっきと同じです」
と答えた。
不満はない。
失望もない。
癒しが“起きなかった”ことを、失敗として認識していない。
彼にとって重要なのは、商いが滞らないこと。
体の重さは、その範囲で処理できる「状態」にすぎなかった。
ティエナは、手を下ろした。
ここでは、癒しは試みであっても、賭けではない。
成功しても、失敗しても、意味を持たない。
評価されない行為は、成立しない。
そして、成立しない癒しは、拒絶すらされない。
それは、最も静かな不在だった。




