scene6 数値と解釈
ミレイアは記録板に視線を落とし、指先で数値をなぞった。
表示は整っている。誤差も、想定内。再測定の必要を示す兆候もない。
「反応曲線は、安定していますね」
淡々とした声だった。
「介入前後で、精霊反応値は確かに改善しています。変動率も低い。再現性は十分です」
彼女は顔を上げ、ティエナを見る。
その視線に、疑念は含まれていなかった。
「癒しは、成立しています」
断定。
ここでは、それが最も誠実な言い方だった。
「被験者の違和感については……」
ミレイアは一度、言葉を切る。
「個人差として処理できます。主観的評価はばらつきが出やすい。今回のケースでは、統計的な問題にはなりません」
記録板に、そう分類される。
“主観的残存感覚:個人差”。
それで、項目は閉じられる。
研究員たちは頷き、異論を挟まない。
数値が揃っている以上、議論の余地は少なかった。
ティエナは、その様子を静かに見ていた。
風は確かに通った。
だが、通り道が削られている。
何かが、途中で削がれている感覚がある。
精霊そのものではない。
人と精霊の間にある、曖昧な層。
だが、それをどう言えばいいのか、言葉が見つからない。
感覚はある。
定義がない。
「問題は、ありません」
ミレイアの結論は、正確だった。
少なくとも、測定という枠組みの中では。
数値は正しい。
だからこそ、それを否定する言葉は、ここには存在しない。
ティエナは口を閉じたまま、ただ一つだけ確信していた。
救われていないものは、
測定結果には、残らない。




