scene4 癒しの実演
測定棟〈ヴィクス〉の空気は、先ほどよりもわずかに張り詰めていた。
人が増えたわけではない。
期待という、目に見えない要素が足されたのだ。
「次は、実演をお願いできますか」
ミレイアの要請は、命令ではなかった。
だが、この場に集まる全員が、その言葉を「次の工程」として受け取っている。
被験者は、学院の職員だった。
若くも老いてもいない。軽度の疲労を自覚しており、記録上も問題のない範囲。選ばれた理由が、そのまま条件を物語っている。
被験者は測定台の脇に立ち、ティエナと向かい合った。
距離は、普段よりも近い。
装置の感応範囲に収めるためだった。
ティエナは一度、目を閉じた。
精霊に触れる前に、空間の硬さを確かめる。
ここでは、風は自由に流れない。測定に適した形に整えられている。
「……少し、通します」
声は小さく、独り言に近い。
誰かに向けたものではない。
彼女は普段よりも慎重に、風を通した。
強くもしない。広げもしない。
装置に過剰な反応を与えないよう、意識的に制御する。
その瞬間、内壁の光が揺れた。
数値が更新され、波形が立ち上がる。
遅延はない。
精霊反応値は、即座に表示された。
「SRI、正常域を維持」
研究員の一人が読み上げる。
「波形も安定しています。変動率、許容範囲内」
被験者は、小さく息を吐いた。
肩が、ほんのわずかに下がる。
「……楽になった、気がします」
その言葉は、控えめだった。
劇的な変化はない。だが、否定もない。
研究員たちは頷き、記録板に走り書きをする。
数値。時刻。環境条件。介入時間。
「問題ありませんね」
ミレイアが言う。
「再現性も高い。少なくとも、この条件下では」
誰も異議を唱えない。
成功、という判断が、無言のうちに共有される。
ヴィクスの表示は、落ち着いた光を保ったままだった。
正常。
安定。
異常なし。
ティエナは、被験者の表情を見た。
確かに、軽くはなっている。
だが、何かが残っている。
測定は、完璧だった。
癒しは、装置に適応させられた。
その事実だけが、数値には現れないまま、静かに場に残っていた。




