scene3 ティエナの登場(静)
広場の端に、ひとりのエルフが立っていた。
誰かが来たわけではない。
気づけば、そこにいた。
柱の影でも、屋台の正面でもない。
人の流れを遮らない位置。
通り過ぎる者の視界に、引っかからない場所。
そのエルフは動かない。
腕を振り上げることもなく、
呪文を唱えることもなく、
誰かを呼び止めることもなかった。
ただ、立っている。
細い背筋を伸ばし、
石畳の上に足を置き、
広場の空気に意識を向けていた。
風はある。
だが、重い。
通り抜けるはずのものが、途中で淀んでいる。
微精霊は存在しているが、反応が鈍い。
呼びかけても、応えきれずに漂っている。
——疲れている。
それが、彼女の最初の認識だった。
誰かが悪いわけではない。
何かが壊れているわけでもない。
ただ、使われ続けている。
休まされることなく。
広場に集まる人々は、そのことに気づいていない。
気づく余裕がない。
彼女は深く息を吸い、
ゆっくりと吐いた。
その呼吸は、誰にも見られていない。
しばらくそうしてから、
ほとんど独り言のように、呟く。
「……少し、風を通しましょう」
宣言ではない。
祈りでもない。
ただの判断だった。
彼女は一歩、前に出る。
それだけで、
まだ何も変わってはいなかった。




