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scene5 恐れとしての癒し
ナジュは、
ティエナを見なかった。
視線を逸らし、
籠を抱え直す。
その動作に、
意味があった。
「……いらない」
小さな声だった。
だが、
はっきりしていた。
癒しを、
拒んでいる。
身体は、
まだ震えている。
息も、
整っていない。
それでも、
彼は立っている。
楽になることより、
守るものがある。
癒されれば、
見られる。
見られれば、
記録される。
記録されれば、
失う。
ここでは、
それが現実だ。
ティエナは、
近づかない。
手を伸ばさない。
言葉も、
重ねない。
選択は、
ナジュのものだ。
風は、
留まったまま、
動かない。
癒しは、
押し付けるものではない。
この場所で、
それは、
恐れだった。
休むことは、
楽になることではなかった。
失うことだった。




