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scene6 誤訳の種
ティエナは、
手を下ろしたまま、
動かずにいた。
路地の奥で、
人の流れが一度途切れる。
その隙間に、
広場からの声が届く。
ラグナの説教。
言葉は、
明確だった。
秩序。
罰。
正しさ。
それらが、
一つの意志として
語られている。
ティエナは、
精霊の動きを見る。
風の精霊は、
否定しない。
水の精霊も、
肯定しない。
言葉に反応して、
怒ることも、
喜ぶこともない。
ただ、
わずかに、
流れが歪む。
人の言葉に、
引き寄せられすぎている。
それは、
嘘を聞いた時の反応ではない。
誤解が、
固定されていく時の反応だった。
ラグナは、
聞いているのだろう。
だが、
聞こえたものを、
そのまま語ってはいない。
精霊は、
一つの文で語らない。
複数の流れが、
同時に存在する。
迷いも、
揺らぎも、
重なったままだ。
それを、
一つにまとめた瞬間、
意味が変わる。
精霊は、
否定も肯定もしない。
だが、
人間の言葉は、
断定を欲しがる。
その欲が、
声を形にし、
形が、教えになる。
ティエナは、
何も言わない。
止める理由も、
訂正する権利も、
持たない。
ただ、
その歪みを、
覚えておく。
それは、
まだ小さい。
だが、
確かに芽吹いていた。




