第3章:“声を聞いた男” scene1 断定を求める空気
市井では、
癒しの話が先に歩いていた。
「広場で、足が軽くなったらしい」
「風が通った、と言う奴もいる」
だが、その話は、
どこにも辿り着かない。
名がない。
理由がない。
教えも、約束もない。
ある者は、鼻で笑った。
「気のせいだろ」
疲れていた。
少し休んだ。
それだけの話だ。
別の者は、声を潜めた。
「神殿が隠してるんじゃないか」
無登録の癒し。
表に出せない理由がある。
そう考えた方が、落ち着く。
市場の端では、
こんな言葉も囁かれる。
「危ない力らしい」
何が危ないのかは、
誰も言えない。
だが、
分からないということ自体が、
不安を増やした。
癒された者ほど、
落ち着かない。
身体は軽くなった。
だが、
なぜ軽くなったのかが分からない。
理由のない回復は、
説明のない借金のように、
心に残る。
人々は、
癒しそのものよりも、
意味を探し始めていた。
この街では、
何かが起きる時、
必ず理由が与えられる。
罰か、祝福か。
制度か、信仰か。
それがない現象は、
宙に浮く。
そして、
宙に浮いたものは、
落ち着かせる言葉を
強く求められる。
市井には、
まだ声がなかった。
だが、
断定を待つ空気だけが、
静かに溜まり始めていた。




