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scene7 市井に留まる選択
それ以降、
ティエナは、王宮区へ行かなかった。
神殿区にも、足を向けない。
大理石の通路、
整理された広場、
監視の目が届く場所。
そこに、彼女の姿はない。
彼女が立つのは、
市井の広場や、
商いの隙間にある路地だった。
井戸のそば。
荷下ろし場の脇。
洗濯縄の影。
誰かが立ち止まる余地があり、
誰の所有でもない場所。
そこで、
彼女は何かを“する”わけではない。
ただ、空気を見ている。
精霊の流れが、
人の歩調に引きずられて
滞っている場所。
風が、
通れなくなっている場所。
そこに立ち、
手を差し出す。
「少し、通しましょう」
許可は取らない。
だが、奪いもしない。
癒しは、
求められた分だけ、
静かに起こる。
王宮区では、
立ち止まる理由が用意されていない。
神殿区では、
立ち止まる意味が決められている。
だから、彼女は行かない。
市井には、
まだ、理由も意味も
決まっていない場所が残っている。
許可のいらない場所。
それは、
最も管理しづらく、
最も人が人でいられる場所だった。




