第18章:それでも、間を作る
旅は、再開された。
誰かに求められたわけではない。
使命が与えられたわけでもない。
世界修正核が示唆した行動でもなかった。
ティエナは、ただ歩き出した。
癒しはしない。
翻訳もしない。
精霊を呼ばない。
それは、もう決めていた。
最初に彼女が作ったのは、祈念環でも、治癒陣でもなかった。
壊れかけた街道沿いの石造りの小屋――
かつては巡礼者の休憩所だった場所を、修復しただけだった。
屋根を直し、雨漏りを塞ぎ、
火を起こせる炉を整え、
水を汲めるようにした。
治さない。
強化しない。
奇跡を与えない。
「ここで、休めます」
それだけを書いた札を、入口に下げた。
傷を負った者が来た。
疲れ切った者が来た。
祈りを失った者も来た。
彼女は誰にも手を伸ばさなかった。
代わりに、椅子を勧め、毛布を渡し、
眠れる時間を残した。
人は、回復しなかった。
だが、崩壊もしなかった。
休むことで、次に進む者。
休むことで、諦める者。
休むことで、泣くことを選ぶ者。
結果は、まちまちだった。
精霊は、そこには現れなかった。
だが、ある夜、
小屋の隅で、かすかな揺らぎが生じた。
光でも、声でもない。
意味を持たない、微細な存在感。
呼んでいない。
求めていない。
翻訳も、介在していない。
ただ、人が何もしない時間を持った場所に、
精霊は、勝手に留まった。
ティエナは、それを見ても何もしなかった。
追い払わない。
名前を与えない。
役割を与えない。
精霊は、少し揺れ、
やがて、また消えた。
次の町でも、同じことが起きた。
宿の一角。
使われなくなった礼拝堂。
戦場跡の外れ。
癒しのない場所。
答えのない時間。
何も決められない空白。
そこにだけ、精霊は戻ってきた。
世界が求めていたのは、解決ではなかった。
英雄でも、魔王でも、物語でもない。
間だった。
何かが起きる前でも、
終わった後でもない、
判断を保留できる余白。
ティエナは理解していた。
これは救済ではない。
修復でもない。
ましてや、支配ではない。
ただ、世界が自分で呼吸できるように、
息を整える場所を残しているだけだ。
旅は続く。
彼女は癒さない。
翻訳しない。
答えを与えない。
それでも――
世界は、少しずつ、戻り始めていた。
壊れたからではなく、
直されたからでもなく。
休めたからだ。




