第17章:精霊の拒絶
その場所は、もう使われていなかった。
灰色の原に半ば埋もれた円環――かつて精霊と人とが言葉を交わすために設けられた、祈念環。
刻まれた紋様は風化し、翻訳補助の刻印も意味を失っている。
だが、構造だけは残っていた。
呼ぶための場所としての、空洞だけが。
ティエナは円環の中央に立った。
誰に命じられたわけでもない。
世界修正核の兆候があったわけでも、災害が迫っていたわけでもない。
ただ、確認のためだった。
――まだ、応答するのか。
――それとも、もう終わったのか。
彼女は手順を省かなかった。
かつてと同じ形式で、同じ速度で、同じ精度で呼びかける。
命令もしない。
懇願もしない。
「応答が必要であれば、受け取ります」
「不要であれば、ここで終えます」
それだけだった。
一瞬、空気が変わった。
精霊反応――
確かに、それは発生した。
だが、次の瞬間、押し返された。
応じかけた何かが、明確な意志をもって引き戻される。
風が逆流し、円環の内側だけが静止する。
呼び水が、弾かれた。
沈黙ではない。
不在でもない。
拒絶だった。
ティエナは、理解した。
以前なら、ここで意味を探していただろう。
なぜ拒まれたのか。
条件が足りないのか。
世界がまだ必要としているのではないか。
だが、彼女は探さなかった。
これは試練ではない。
警告でもない。
罰でもない。
「……いらない、ということね」
その言葉は、誰にも向けられていなかった。
精霊に届かせるための言葉でもない。
ただの確認だった。
精霊は、応答できないのではない。
疲れ果てたわけでも、壊れたわけでもない。
役割が、終わったのだ。
翻訳が止まり、世界が自分で意味を作り始めた瞬間から、
精霊が関与する理由は、消えていた。
ティエナは再試行しなかった。
記録も取らなかった。
誰かに伝えるための言葉を持ち帰ろうともしなかった。
円環を離れ、歩き出す。
振り返らない。
精霊がいない世界で、
人が語り、選び、間違え、壊れるなら――
それはもう、精霊の仕事ではない。
そして彼女もまた、
翻訳者ではなくなった。
拒絶は、破壊ではなかった。
それは、関係の終わりだった。
世界は続く。
精霊なしで。




