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癒しのエルフ  作者: 南蛇井


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シーン5:魔導院の観測 ― 言葉だけが暴走している

魔導院の観測室は、異様な静けさに包まれていた。


水晶盤に走る光は少ない。

警告色も、臨界を示す振動も出ていない。


観測官の一人が、数値を読み上げる。


「精霊反応……ゼロを維持しています」

「干渉、共鳴、残滓――いずれも確認されません」


それは、想定外ではない。

想定していた“最悪”が、そのまま続いているだけだ。


だが、別の盤面を見ていた補佐官が、声を潜めて言った。


「群衆側の精神波形は……安定しています」

「過剰でも、崩壊でもない。均されている」


院長が、ゆっくりと視線を移す。


そこに映し出されているのは、広場の俯瞰像だった。

ラグナが語り続ける壇上。

沈黙を挟まず、途切れず、終わりを示さない言葉。


精霊は、いない。


にもかかわらず、

群衆は暴動を起こさず、

逃げ出さず、

立ち尽くしたまま、耳を向け続けている。


院長は、低く息を吐いた。


「……分かった」


誰に向けたともつかない言葉だった。


「これは預言じゃない」

「精霊現象でもない」


彼は、指で盤面をなぞる。


「言葉が、循環している」


観測官が首をかしげる。


「循環……ですか?」


「そうだ」

「意味を伝えているんじゃない」

「恐怖を、相互に受け渡している」


説明は簡潔だった。


精霊が応答していた頃、

預言は“上から下”へ流れていた。


今は違う。


ラグナの言葉は、

群衆の不安を受け取り、

形を変えずに吐き出し、

再び群衆に戻っていく。


精霊を経由しない。

世界も介さない。


人間同士で、恐怖が回っている。


「だから安定する」

「不安は消えないが、溢れもしない」


院長は、そう結論づけた。


観測室に、重い沈黙が落ちる。


誰かが、ぽつりと口にした。


「……では、世界は」


院長は、答えた。


「翻訳者を失った」

「その代替を、探している」


ティエナが引いていた「終わりの線」。

奇跡を閉じ、意味を区切る役割。


それが消えた世界は、

代わりに“語り続ける者”を必要とし始めた。


終わらせない声。

撤回しない声。

沈黙を許さない声。


「ラグナは原因じゃない」

「症状だ」


院長は、盤面から目を離さずに言った。


「世界は今、翻訳の代わりに」

「言葉そのものを暴走させている」


精霊は沈黙している。

だが、言葉だけが止まらない。


それは、安定に見える破綻だった。


そして院長は知っている。


この循環は、

いずれ限界を迎える。


恐怖は、意味を持たないままでは、

長くは保たない。


観測室の奥で、

次の異常報告を告げる符号が、静かに点灯した。


世界はまだ、

答えを見つけられていなかった。

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