シーン3:群衆の不安 ― 聞かなければ壊れる
ラグナの言葉が、ふと途切れた。
ほんの一瞬。
息を吸うための、わずかな間だった。
だが、その空白に、空気が耐えられなかった。
ざわめきが広がる。
先ほどまで静かだった群衆が、同時に身じろぎを始める。
誰かが足を動かし、
誰かが隣を見る。
不安は、伝播する。
「……次は?」
小さな声だった。
だが、それを皮切りに、緊張が膨らむ。
「次は、何が起きるんだ?」
今度は、はっきりとした声。
叫びに近い。
問いは、答えを求めていない。
ただ、この沈黙を否定したかった。
ラグナは、即座に口を開いた。
「恐れる必要はない」
内容は変わらない。
曖昧で、具体性のない言葉。
「事態は進行している。
だが、破局だけが未来ではない」
その瞬間、場が落ち着く。
誰かが息を吐き、
誰かが肩の力を抜く。
納得した者はいない。
だが、崩れかけていた何かが、辛うじて形を保った。
人々が求めているのは、答えではなかった。
「どうすればいいのか」でもない。
「いつ終わるのか」でもない。
ただ、
沈黙ではない何か。
言葉が続いているという事実だけが、
この場を繋ぎ止めている。
ラグナは理解していた。
彼が語るのは、未来ではない。
予測でも、導きでもない。
語りを止めれば、
不安が露出する。
不安が露出すれば、
人は自分で答えを探し始める。
それは、混乱を生む。
だから、彼は語る。
終わらせないために。
沈黙を発生させないために。
預言は、救済ではなかった。
不安を消す装置でもない。
不安を“表に出さない”ための、
薄い膜に過ぎなかった。
そして群衆は、その膜の下で、
静かに息をしていた。
聞くことをやめた瞬間、
何かが壊れると、
誰もが本能的に知っていたからだ。




