第16章:声がなくても、語る者 シーン1:精霊なき預言台 ― 語りは続いている
預言台は、まだそこにあった。
石段も、円形の壇も、語る者が立つための高さも、何ひとつ欠けていない。
かつて精霊が降り立った痕跡――刻印の焦げ、摩耗した祈祷陣――すら、保存されたままだ。
ラグナは、その中央に立った。
以前なら、最初の一語を発した瞬間、空気が変わった。
微細な振動が走り、精霊反応が連鎖し、言葉は「確認」された。
預言は語られると同時に、世界に受理された。
今は違う。
声は響く。
反響はある。
だが、それだけだった。
精霊の気配はない。
肯定も、拒否も、遅延もない。
言葉は、ただ空間に放たれ、戻ってくるだけだ。
ラグナは一瞬、間を置いた。
止める理由は、なかった。
続ける理由も、なかった。
それでも、彼は語った。
「――災厄は、終わっていない」
声は平坦で、抑揚も少ない。
かつて精霊に届くことを前提としていた言葉は、宛先を失ったまま形を保っている。
誰かが息を呑む。
誰かが耳を傾ける。
誰かが、わずかに安堵する。
だが、何も起きない。
癒えもしない。
悪化もしない。
世界は、反応しない。
ラグナは知っていた。
この預言が、成功でも失敗でもないことを。
確かめようがない。
終わらせようもない。
それでも、彼は最後まで語り切った。
沈黙が訪れる。
だが、それは完了の沈黙ではない。
次の言葉を待つ、未確定の空白だった。
預言は、もはや結果を生まない。
評価も、裁定も、伴わない。
ただ――
終わらない。
形式だけが、ここに残っていた。




