表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
癒しのエルフ  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/127

シーン6:ティエナの内面 ― 翻訳をやめた理由

夜は静かだった。


癒しの要請は、今も届いている。

声にならない祈り。

文字にならない焦燥。


かつてなら、

それらはすべて「意味」に変換されていた。


――ここまででいい。

――もう大丈夫だ。

――終わった。


ティエナは、それを知っていた。


翻訳は、助けだった。

疑いようもなく。


痛みは和らぎ、

恐怖は鎮まり、

人は立ち上がることができた。


それ自体は、正しい。


だが。


(……それだけだったのかしら)


彼女は、手を見つめる。

何かを失った手ではない。

何かを奪った手でもない。


ただ、

使わなくなっただけの手。


翻訳は、

精霊の声を人に届く形に変える行為だった。


だが同時に――


(選ばせなかった)


精霊が応じる限り、

人は「終わり」を考えなくて済んだ。


癒しが来る。

なら、待てばいい。


回復する。

なら、判断はいらない。


翻訳は、

依存を未完成のまま止めるものではなかった。


完成させてしまうものだった。


(私が“ここまで”と言い続けたから)


世界は、

自分で止まる必要を失った。


判断は、

誰かの役割になった。


それが――

私だった。


翻訳を続ければ、

世界は保たれる。


混乱は起きない。

精霊は暴走しない。

人は、痛みから解放される。


だが。


(それは……生きている、とは言えない)


壊れないだけの世界。

変わらないだけの構造。


選ばず、迷わず、

答えを待つことで成立する現実。


それは、

守られているのではなく、

固定されている。


翻訳をやめたのは、

見捨てたからではない。


罰したからでもない。


(世界が、選べるようになるため)


間違える自由。

立ち止まる責任。

終わらせる勇気。


それらを、

誰かが肩代わりし続ける限り、

世界は進まない。


痛みは残る。

混乱も起きる。


それでも。


(壊れないだけの停滞より……)


ティエナは、

静かに目を閉じた。


答えないことは、

無関心ではない。


翻訳をやめることは、

否定ではない。


それは、

世界を“未完成のまま、生かす”という選択だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ