シーン4:魔導院の分析 ― 世界は翻訳者を前提にしていた
魔導院の観測室は、静かだった。
計測器はすべて稼働している。
精霊流量、場の安定値、干渉係数。
どれも異常を示しているが、破綻はしていない。
それが、いちばん厄介だった。
院長は数式を消し、別の仮説を書き始める。
否定された理論の上に、新しい線を引く。
「……違うな」
誰に向けた言葉でもない。
自分の思考を切り替えるための声。
「精霊は、“応答する存在”じゃない」
補佐官が顔を上げる。
「応答しているように見えますが」
「見えるだけだ」
院長は、記録映像を拡大する。
現地の癒し場面。
回復後も留まり続ける光。
「精霊は、呼ばれたら応じる。
そして――止まらない」
沈黙が落ちる。
「彼らは判断しない。
“十分だ”という概念を持たない。
だから、応答し続けてしまう」
補佐官の一人が、ゆっくりと言葉をつなぐ。
「……では、これまで止まっていたのは……」
院長は頷いた。
「翻訳者だ」
指先が、古い記録に触れる。
癒しの完了宣言。
精霊離脱の瞬間。
「翻訳者は、精霊に言葉を与えていたわけじゃない。
線を引いていたんだ」
――ここまで。
――もういい。
「世界は、その線が引かれる前提で設計されていた」
声が低くなる。
「精霊は無限に応じる。
人は無限を扱えない。
だから、その間に“止める存在”が必要だった」
院長は、ようやく結論に辿り着く。
「ティエナがいなくなったのは、
癒し手が減ったからじゃない」
一同の視線が集まる。
「世界が――
自分で止まれなくなったんだ」
誰も反論しなかった。
否定できる材料が、どこにもない。
翻訳者は、奇跡の源ではなかった。
制御装置でもなかった。
ただ、
世界が壊れないために必要な、
最後の“区切り”だった。
そして今、
その区切りは、存在しない。
精霊は応え続ける。
人は回復し続ける。
場は満ち続ける。
世界は、
終わり方を失っていた。




