シーン3:現地描写 ― 終われない癒し
最初は、成功に見えた。
崩れた家屋の前。
負傷者を囲み、祈祷師たちが声を合わせる。
精霊は即座に応え、傷口は閉じ、血は止まった。
歓声が上がる。
「効いている!」
「まだ大丈夫だ、続けろ!」
だが、誰も気づかなかった。
精霊が、離れていないことに。
癒された者の肌には、淡い光が残り続けていた。
本来なら、回復と同時に薄れ、消えるはずの徴。
それが、定着している。
呼吸は安定している。
脈も正常だ。
痛みもない。
それでも、空気が揺れていた。
精霊は場に留まり、次の祈りを待っている。
待っているのに、終わりが来ない。
別の負傷者が運び込まれる。
同じように癒しが行われ、同じように成功する。
成功するたびに、場の密度が上がった。
風が渦を巻き、
地面の砂が浮き、
声が、わずかに遅れて反響する。
回復者が増えるほど、空間は不安定になった。
誰かが気づき始める。
「……おかしくないか?」
「治っているのに、落ち着かない」
精霊は拒んでいない。
むしろ、過剰なほど応じている。
問題は、完了が宣言されないことだった。
かつては、癒し手が告げていた。
――ここまでです。
――もう、大丈夫。
その言葉が、奇跡を閉じていた。
今は、誰も言わない。
言えない。
言う権限を持つ者が、沈黙している。
結果、癒しは“続いてしまう”。
終われない回復。
離れられない精霊。
満ち続ける場。
やがて、精霊同士が干渉を始め、
光が濁り、
治癒のはずの力が、周囲の構造を歪ませる。
誰も悪くない。
誰も間違っていない。
祈りは正しく、
癒しは成功し、
人は救われている。
それでも、災害は起きる。
このとき初めて、現場の誰かが理解する。
翻訳とは、
奇跡を起こす行為ではなかった。
奇跡に、
「ここで終わりだ」と告げる行為だったのだ。
それが失われた世界では、
救いすら、止まれない。




