シーン2:ティエナの沈黙 ― 要請を受け取らない
要請は、途切れなかった。
魔導院経由の正式文書。
神殿からの緊急連絡。
個人名を伏せたまま届く、切迫した伝言。
中には、明確に危険度の高いものもあった。
応答が暴走しかけている祈祷場。
精霊が離脱せず、生活機能に支障をきたしている集落。
「今すぐ翻訳者が必要だ」と赤字で記された報告。
すべてが、ティエナ宛てだった。
彼女はそれを受け取る。
内容を読む。
だが、返答を作らない。
拒否の文言は書かれない。
「行けない」とも、「行かない」とも告げない。
正当化も、説明も、弁明もない。
ただ――沈黙。
かつて、沈黙は罪だった。
助けられるのに助けないこと。
応答を翻訳できるのに、言葉を与えないこと。
それは逃避であり、怠慢であり、裏切りだと教えられてきた。
だが今、彼女は知っている。
この世界において、
言葉を与えることは、意味を固定することだ。
完了を宣言することは、依存を完成させることだ。
癒しを行わないという選択は、
力を失った結果ではない。
意図的な停止。
期限のない中断。
そして、取り消されない決断。
ティエナは何も言わない。
何もしない。
その沈黙は、空白ではなかった。
それ自体が、明確な行動だった。
翻訳は行われない。
要請は処理されない。
世界は、答えを与えられないまま残される。
その日、癒しは止まったのではない。
――選ばれなかった。




