第15章:翻訳をやめた日 シーン1:異変の報告 ― 同時多発する“応答過多”
各地からの報告は、時間差なく重なった。
魔導院の記録室では、通信晶が絶え間なく明滅し、整理の手が追いつかない。
内容はばらばらでありながら、奇妙な共通点を持っていた。
――治癒が、終わらない。
――祈りが、弱まらない。
――精霊が、去らない。
ある祈祷都市では、軽傷者の治癒が三日経っても完了せず、肉体は回復しているのに、癒しの光だけが消えなかった。
別の地域では、祈りの場に集まった人々の声が次第に重なり合い、精霊応答が増幅し続け、夜になっても静まらなかった。
辺境の回廊では、本来は短時間で離脱するはずの精霊が、その場に留まり続け、呼びかけも命令も受け付けないまま漂っているという。
いずれも、破壊的ではない。
街が崩れるわけでも、人が即座に死ぬわけでもない。
だが、終わらない。
治癒は「未完」のまま続き、
祈りは「届いた後」も止まらず、
精霊は「役目を果たした後」も離れない。
観測官の一人が、記録を前に小さく呟いた。
「……力が足りないわけじゃない」
誰も反論しなかった。
むしろ、全員が同じ違和感を抱いていた。
癒しが不足しているのではない。
精霊が枯渇しているのでもない。
制御に失敗しているわけですらない。
ただ一つ、決定的に欠けているものがあった。
それは――
「ここで終わる」という翻訳。
癒しが来る。
意味が与えられる。
完了が宣言される。
その一連の前提が、忽然と消えていた。
世界は今、問い続けている。
だが、答えを返す声がない。
翻訳が止まった瞬間、
世界は初めて、自分の応答過多に気づき始めていた。




