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シーン8:章の締め ― 癒さない選択
ティエナは、その日もエルネを癒さなかった。
関節の痛みは残った。
動きは鈍く、時折、息が詰まる瞬間もある。
だが、朝は来て、仕事は始まり、食事は用意された。
生活は、途切れなかった。
精霊は現れなかった。
風は吹いたが、応答は含まない。
奇跡と呼ばれるものは、何一つ起きなかった。
それでも、人は回復した。
昨日より少し動ける。
今日を終えられる。
明日へ、つなげられる。
その積み重ねが、ここでは「生きる」ということだった。
ティエナは、その様子を静かに見届ける。
癒しを差し出さず、
意味を与えず、
正しさを掲げずに。
癒しは、確かに答えの一つだった。
多くの場面で、必要だった。
だが――
唯一の答えではなかった。
灰の原に、夜が降りる。
何も変わらないようで、確かに一日が進んでいる。
癒さないという選択は、
何も起こさない選択ではない。
ただ、
生きる形を、ひとつ増やしただけだった。




