シーン7:理解 ― 癒しを唯一にしない決断
夕方。
灰の原に、色の薄い影が伸びる。
エルネとミナは簡単な食事を終え、各々の作業に戻っている。
誰も回復を確認しない。
誰も成果を数えない。
ティエナだけが、立ち止まっていた。
癒しは、確かに強い。
それを否定する理由は、どこにもない。
痛みを和らげ、疲労を消し、立ち上がれなかった者を立たせる。
それは何度も、確かに人を救ってきた。
だが――
強すぎた。
癒しは、言葉に捕まり、
制度に捕まり、
正しさに捕まり、
いつの間にか「使われるべき力」になった。
使えない者は劣り、
使われない者は疑われ、
使わない選択は罪とみなされた。
その結果、
泣かない子どもが生まれ、
休めない街が生まれ、
癒されない者が排除された。
人が壊れたのは、癒しのせいではない。
癒しを唯一の答えにしたことが、壊したのだ。
ティエナは、静かに理解する。
癒しを使わないことは、逃げではない。
否定でも、放棄でもない。
それは――
癒しを、再び「選択肢」に戻すための行為だ。
特別な力にしないため。
評価の印にしないため。
正しさの証明に使わせないため。
癒しは、必要なときに、
求められたときに、
ただの手段として差し出されるべきものだった。
唯一であってはいけない。
上に置かれてはいけない。
ティエナは、胸の奥で小さく息を吐く。
ここでは、癒しを使わなくても、人は生きている。
ここでは、癒しがなくても、関係は続いている。
その事実が、
これまでよりも重く、確かに彼女を支えていた。
彼女はもう、癒しを掲げない。
だが、捨てもしない。
癒しを唯一にしない。
それが、彼女の選んだ答えだった。




