シーン5:ティエナの揺れ ― 正しさを使わない恐怖
夜。
低炉の火は落とされ、集落は静かだった。
灰の原に夜が来ると、音はさらに減る。
風はあるが、何かを運んでくる気配はない。
精霊の沈黙ですらない、ただの無音。
ティエナは一人、火の残りを見つめていた。
――使えた。
朝の感触が、まだ身体に残っている。
呼べば、わずかでも楽にできた。
関節の痛みを和らげ、動きを軽くすることは、確実にできた。
それを、しなかった。
「……逃げ、じゃないの」
誰に向けたわけでもない問いが、口の中で形になる。
力を持ちながら、使わない。
それは、かつての彼女にとって、最も忌避すべき態度だった。
癒しは、求められれば応えるもの。
応えられるのに応えないのは、怠慢で、傲慢で、罪だった。
だから彼女は、使い続けてきた。
迷いを置き去りにして。
疑問を翻訳で塗り固めて。
「見過ごしているだけじゃないの……」
火が、ぱちりと音を立てる。
答えは返らない。
だが、以前とは違う理解が、同時に立ち上がる。
――使うことも、介入だ。
癒しは、正しさではない。
状況を変える力であり、関係を組み替える行為だ。
それを使えば、
楽にはなる。
同時に、「次も使われる前提」が生まれる。
依存でも、支配でもなく、
それでも確実に、流れは固定される。
正しいことを、正しいから使う。
その単純さが、どれほど多くを壊してきたかを、
彼女はもう知っている。
だから、選ばなかった。
それでも――
胸の奥に残る不安は消えない。
癒さない選択は、安心をもたらさない。
正しさを使わないことは、
判断を一つ失うことだからだ。
基準が消え、
保証がなくなり、
結果を引き受けるしかなくなる。
価値転換は、救いではない。
ただ、別の重さを背負うことだった。
ティエナは、目を閉じる。
逃げではない、と断言することはできない。
だが、逃げだと決めつけることも、もうできなかった。
この不安ごと引き受けること。
正しさを振りかざさないまま、朝を迎えること。
それが今の彼女に残された、
唯一の誠実さだった。




