リング
村を出て何日だろうか。
真は村を出てから持っていた枝に印をつけておいたのだが、数えていると、もう三十日にもなる。三十日も何をしていたのかと思う反面、よくここまで生きてこられたなとも思った。
夜、切り株の付近で焚き火をすることにした。寝るのは誰かが運んできたような一枚岩の上だ。彼女は石をこすり、集めてきた枯れ草から少しずつ火を大きくした。
木が爆ぜる音がする。
食べるものは変わらないままだ。さすがに飽きてきたが、他に何もないので諦めるしかないなと思っていた。パンのようなものがあるものの日持ちがしないので、買い出した数日で、また同じものになる。出会う人にいっそうのことどんな食料かを尋ねてみたいものだ。
あれは数日前のことだ。彼女は荷車を曳く獣を操る老人と話していた。僕は言葉がわからないが、道を尋ねているように思った。そんなときこの獣は何だろうかと考える。犬のようなものは村で見た。まさしく犬で猫もまさしく猫だ。うさぎもまさしくうさぎだ。これは鹿のような気もするし、山羊か羊か。殺して食えるのかななど考えていると、彼女は行くぞと外套を叩いてきた。しばらく前から紐を外してはくれないものの持つ手は緩めていた。
秋の季節も流れ、夜は冷えてきた。いつしか彼女は真と同じ外套の中で寝ていた。湯たんぽのようなものだ。真が寒いのは彼女が一人で転げ落ちるからだ。寝相が悪い。真は彼女に外套を掛けなおしてやらなければならない。斜面が近いときは革紐を手首に巻いておいて、二人ともども落ちてしまうことがある。
この夜は簀巻きにして捨ててやろうかと思いながらも、隣に彼女を寝かしなおして消えかけの小さな火を前にした。寝姿は穏やかで妹ができたような気持ちになる。眠れるまでは地面に字を書いたりして考えていた。
真…マコト
美月…ミツキ、姉さん
「僕はどこへ行くんだろか」
♪おーるうえいずへぶん
うぇすとばーじにあ
ぶるーりっじまうんてん
ふふふん〜
かんとり〜ろ〜ど
ていくみ〜ほ〜む……
忘れて、余計に寂しくなる。ここでは調べることすらできない。思い出すしかない。こういう知らない世界に来ると、だいたい剣士や魔法使いなどになれるのではないのか。
誰か授けてくれるなどなさそうだ。
知らぬ間に寝ていた。
寒っ……
起きると外套をかぶせられていた。寝惚けた視界には地面を見ている彼女がいた。真の書いた文字に興味があるらしい。
「マコトって読むんだよ」
寝惚けて話した。
自分の胸を指した。
「名前」
彼女は僕の首輪を外した。穏やかな目をしていた。ずっと力を込めた目をしていたのに、今の今気持ちが通じたような気がした。
「マコト!」
彼女のネックレスが煌めいて消えた。
瞬間、真の首が焼け焦げた。
彼女の首からネックレスが消え、真の首に巻き付いていたが、しばらくして消えた。衝撃と肌が焼け焦げた臭いがした。僕は慌てて首をなぞると、ネックレスは消えていた。
☆☆☆☆
レイは文字を見ていると、世話の焼ける奴隷が起きてきた。寝惚けている様子で話しかけてきたところ、マコトが名前だと気付いた。
「おまえにも名前があるのか。ようやく名前で呼べる。マコト!でも本名はダメだよ」
ネックレスが熱を帯びて、襲われたときと同じように煌めいたかと思うと、一瞬で真の首に巻き付いて、すぐに肌に焼き付いた。
同時に彼の首に光が見えた。
触れたが何もない。
彼の首を蛇が煌めいている。
急に彼が喉を締め付けられたように苦しみはじめたので、レイは慌てた。こんな何もないところで倒れたら、どうすればいいのか。
手の平を見た。
すると真は必死で空気を求めた。
何度か深呼吸をした。
レイは自分の力だと思いつつも、彼の何もない首を見つめたが、自信が持てない。こんな力があることは知らない。息を整えた彼も不安そうにレイの手の平を見つめていた。
眼がないのに、こんな力が?
どうすればいいの?
真に手を握るように言われた。
「やだ」
レイは拒否した。しかし真はそっと握るようにと言うので、そうすることにした。
やめろと握られた。
怯えた顔をしていたのかもしれない。後ずさるのを引き寄せられて、真にギュッと頭を抱き締められた。レイは動揺を抑えようとしても収まらないまま彼を突き放した。
「近付かないで」
距離を置いた。
怖いよ。
どうすればいいのかわからない。
レイは出発の準備をした。
これが三つ眼族の力ならば喜ばしいのかもしれないが、レイはうろたえていた。こんな人を縛る力を持たされても、どうしていいのかわからない。真を繋ぎ止めるだけだ。
街を見てから考えよう。
「大丈夫よね」




