三つ眼
[レイ]
レイは村で厄介者だ。生まれて三年は村のものだが、三年目に額に「眼」ができなければ村から追い出される。生みの親は五年も眼のない子どもを見捨てることで、村で生きていくことに決めた。だからレイはいつまでも水汲みも掃除も家畜の世話もさせられた。それでも成長しないまま村から追い出される日が近づいてきていることに気づいていた。黒い髪と瞳、浅黒い肌は日々の仕事で、もはや枯れかけていた。
「あんたはね、旅に出るのよ」
老婆が話した。
「わたしは街を見たい」
死ぬまでに一度、たくさんの人が自由に暮らしている街を見てみたい。街は天にそびえた白亜の塔に守られていると言われ、新鮮な食べものや肉、花火というものもあるらしい。
「街まで旅をするといいね」
「一人で……」
村が共同で育てている家畜に餌をやる。それから藁と糞をバケツに入れ、肥壺まで運ぶと体が臭くなってしまった。
楽しみは沢にある温泉に浸かることだ。これは自分で石を持ってきて作った。ここは誰にも教えていない秘密の風呂だ。村では入らせてもらえないので、こうして探したところまで来ていた。
森の音や川のせせらぎを聞きながら身を委ねていると、このまま死んでもいいと思うことがある。額に手を触れてみたが、眼はいつものようにない。
生まれたときは銀に輝いていたはずのネックレスをくわえて、黒ずんだ姿を見た。
「おまえもわたしの肌と同じだな」
『これはおまえが生まれたときに持っていたものだ。前世からの縁かもしれん』
以前、三つ眼ができた若者が奪おうとしたことがある。レイは組み敷かれて抵抗もできずにいたとき、煌めいたネックレスが蛇と化して若者たちの首に牙を剥いているのを見た。
「あれは呪われた子だ」
「早く村から追い出した方がいい」
「殺してしまうか」
「呪われるかもしれない」
レイは大人たちの噂話を聞いても何も知らないフリをして生きてきた。よその村から嫁に来た人を見て、綺麗だと思い、話してみたいと近づいたときは、綺麗な人にも嫌われた。
わたしは誰からも嫌われる。
こんな村から出ていきたいと考えても一人では心細くてどうすることもできないでいた。
死にたい。
死にたくない。
「死ぬ前に街を見たい」
いつしか死なない理由を見つけた。
言い訳だと気づいていた。
情けないけれど……。
灰と家畜の脂を混ぜた石けんで体と肩までの髪を泡立てて、枝の端をナイフで細かく裂いた歯ブラシで歯を磨いた。ふやけた爪をナイフで丁寧に削いだ。歯も肌も髪も気持ちも新鮮にしてくれた。爪を短く揃えて納得した。
粗末なシャツとズボンを履いて、サンダルの紐を足の甲に結んだとき、ネックレスがお湯のせいか熱を帯びているのに気づいた。
[女王]
白亜の塔は塔の街の外れにある。頂上に巨大な琥珀を備えているらしいが、街に暮らしている人々は塔に近づくことすらできない。
いつからあるのか?
精霊が支配していた時代、人々は精霊の力に怯えて暮らしていたが、やがて三人の勇者が精霊を退治した後、一人が白亜の塔を建てたと言われている。いさおしによると、千年も昔のことだ。三人の巫女たちは精霊やバケモノを追い払い、精霊の時代に終止符を打ち、世界を人の時代へと変えたと言われている。
「女王様、お呼びですか」
剣士フィリは華奢に見えるが、鍛え上げた身に肩までの諸刃の両手剣を携えていた。
窓からの光がソファを映した。
「フィリ、そろそろ来るわ」
「何が」
「この世を終わらせる魂が」
女王は背もたれの向こうで話した。
「しかしまだまだ弱い」
「どこにいるのですか。わたくしに命じていただければ討伐に向かいますが」
律儀さを表すべく踵を揃えた。
「待とう」
「しかし弱いうちに」
「強くなるかわからないわ。わたしはここで待ちたいのよ。彼らがわたしたちの敵になれるかどうか。途中で骸になるのか」
女王はベールの裾を指で撫でながら穏やかに答えた。
「ここまで来ることができるかしらね。あなたもわたしが見極めるまで我慢しなさい。白亜の塔の糧となるなら捕らえる。世界の秩序のためにね。そうでないなら殺すまで」
「そのときは……」
「あなたに命じるわ」




