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魂のトンネル


[マコト]

「いいこと教えてあげる」


 雨が葛の蔦を濡らしていた。

 マコトは廃トンネルの前にいた。

 ここは二十年以上前には封鎖され、可動式だったはずの金網も立て看板も錆び、進入禁止と管理者の文字すら怪しく薄気味悪い。


「せっかくわたしの弟になったんだもの」


 新しくできた姉は、たまにからかうように言うことがあった。真が小学五年生くらいの頃だから反応がよかったからかもしれない。いつもはやさしいのだが、ときどき魅入られたようにこんなことを話して怖がらせてきた。


「世界はね、小さなカケラ同士がくっついてるの。こんな捨てられたトンネルや洞窟で繋がってて、お互いに魂が行き来してるのよ。見える人には見える。わたしにも見える。金平糖みたいなデコボコしてる角と角みたいなところにはあちこちからの魂が集まってるのよ」


 真は新しい家族ができてから、ずっと勉強をするようになった。新しい学校へ通い、与えられた部屋で宿題をし、受験勉強もした。そうしていると気持ちが楽になったからだ。しかし高校に合格した後、異変が起きた。朝起きられず、電車にも乗れず、夜はうつらうつらとしか眠られない日々が続いた。ちゃんと高校へ行きたいと叫ぶ真をもう一人の真がねじ伏せた。


「電車に乗れないなら、わたしが途中まで送っていってあげるわ」


 美月が言ってくれた。


 あの日、交差点近くのコンビニの駐車場で降りた後、敷地を猛スピードでショートカットした車が美月のいる運転席に衝突して、彼女は意識が戻らないまま今も治療室にいた。


「本当に魂があるんなら救ってやる」


 真はトンネルを抜ける決意をした。覆い尽くした今年と前年の葛に足を取られながらも金網と看板を引き剥がすように入った。


 封鎖されたトンネルに入ると、冷えた空気が底に漂い、砂埃に埋もれた舗装済みの道は波打ち、漏れた水が壁を覆い尽くしていた。


「こんな捨てられたトンネルではね、人の魂が行き来しているのよ。この世界の魂もいれば別の世界の魂もいるの。見たいと思わない?」


 僕が学校に通えていれば……。


 トンネルの向こうに姉の魂がいて、今頃戻るべきところを探しているはずだ。こんなことは気休めでしかないことも理解している。

 冷たい行く手に光が見え。

 真は急いだ。剥がれ落ちたコンクリートにつまずきつつも、何とか光へ走った。


 美月の魂があるはずだ。


 蹴躓いて柔らかな髪が頬に触れた。甘い、いつもの匂い。


「マコト、新しい家族になったときわたしはどうあなたと接していいか悩んだ。でもいつもあなたは必死にしてた。わたしたちに嫌われないように。なのに気づけなくてごめんね。誰からも遠ざけられたらつらいよね。あなたは勉強して必死で『僕を見て』て叫んでた。そんなんじゃ心なんて潰れちゃうよね。早くこうしてギュッとしてあげられれば。大丈夫なんだよって言わなきゃ伝わらないのにね。ごめんね」


 真は顔を上げた。


「お別れするときまで気づかないなんて」


 細くてしなやかな腕が、真の背中で締めつけてきた。姉の涙が真に落ちてきた。体を支えていたものが消えて、倒れた真は必死で藻掻くようにしていると、額に眼を持つ男に殴られた。


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