10 距離を縮めるには
店を出てから手を繋いで歩けば、瑞穂は嬉しそうにした。
「郁助さんと硝樺さんに教えたいよ。手を繋いで歩くのは楽しくて、嬉しいよって」
「最近は寒いし、手くらい繋げるようになってほしいよな」
とはいえ、最初は緊張するものだ。でも、一度やってしまえば意外とできるようになる。それが俺の経験談だ。
「寒さを理由にしたら、なんでもできるようになるんじゃない?不自然なことではないし」
「そうだよなー。明日の朝、郁助に言ってみようかな」
俺は、笑みをこぼしながら頷いた。
「あと、名前の呼び方も変えてみたらって思うんだ。あの感じだと、お互いさん付けで呼び合ってるんだろうなと思って」
「郁助さん、住菱くんのこと住菱って呼ぶから硝樺さんのことも硝樺って呼ぶのかな?」
「…」
俺は驚いて、思わず黙り込んでしまった。
「…?どうしたの?」
瑞穂が不思議そうに顔を覗き込んできた。
「いや…。今、ナチュラルに呼び捨てで呼ばれたから驚いただけ」
「住菱って?」
首を傾げられて流し目で見つめてきたその瞳に、胸を鷲掴みにされたような感覚がした。
「呼び捨て…いい」
見つめることができなくなって、顔を背けながら言った。
「照れてるの~?」
そんな俺をからかうように言う瑞穂。
「呼び捨てで呼んであげようか?」
「いや、くん付けの方が可愛い気がするから今のままでいい」
俺は首を振った。
(君付けもそうだけど、可愛い顔で見つめられると心臓が…)
胸を抑えて、速くなった鼓動を静めようと試みた。
「呼び方が変わるだけでもこんなに相手をどぎまぎさせることができるんだから、距離を縮めるには効果的だよね」
「ああ、本当に。わざと言ったのか?」
俺は恨めし気に瑞穂を見た。
「わざとじゃないよ。話の流れで言っちゃっただけだよ」
「まあ、そうだよな…」
自分が勝手に過剰に反応してしまったせいだと思い、目を逸らして反省した。