09. やっぱりお一人様は最高です
「……しばらく見ない間に、こんなに豊かな山になってたのね」
シエリーは、ため息混じりに思わずそう零した。
あのまま、もしドロイーネと結婚する道を選んでいたら、この山に来ることは二度となかったかもしれない。豊かに成長している山の姿に気づかず、このキノコたちのように、手に入るはずのものにも出会えなかった。
なんてもったいない選択をしようとしていたのだろう、とシエリーは思う。
こんなに素敵な出会いが身近にあったのに、危うく一生気づかずに生きてゆくところだったのだ。
「プーニー……私、やっぱり自分らしく生きてみようと思うわ」
シエリーの決意に、プーニーが「ぷい♪」と機嫌のよさそうな声で答えた。
プーニーと過ごす時間だってそうだ。
この尊い時間を自ら手放そうとしていたなんて、なんて愚かだったのだろう。
「……この可愛さが分からないなんて、芸術家としてセンスないわよね」
「ぷい?」
「何でもないわ。行きましょ」
もう、自分を否定してまで好きになってもらおうとはしない。
自分と、自分の好きなものを大切にして生きよう。
そう心に刻みながら、シエリーは久方ぶりの山歩きを思う存分楽しんだのだった。
――さて、その一方。
シエリーに夜会の会場で婚約破棄されたドロイーネだが、こちらは散々な状態になっていた。
「顔がよくても中身は最低」
「格上貴族の婚約者に捨てられて、すがりつこうとした情けない男」
「芸術家(笑)」
「断罪されて当たり前」
公開処刑か断罪かのごとく公衆の面前で婚約破棄されたため、そんな風に令嬢たちから嘲笑されるようになったのだ。
それは何も、ドロイーネと接点のなかった令嬢たちだけの話ではない。
「ブルネッタ侯爵令嬢の婚約者だから、いい男なのかと思っていたの」
「なんだか急に無価値に思えて……」
「人のものだから価値があると思っていたのかも?」
「っていうかあの男、私を例の断罪会場に置き去りにしようとしたのよ。最低!!!」
ドロイーネの浮気相手たちも口々にそう語り、シエリーの婚約破棄以降、波が引くように彼の周りからいなくなったという。
こうしてドロイーネもお一人様になったらしい。
だが、それを知ったところで、シエリーにとっては、もうどうでもいいことなのであった。
……後に、他の貴族から「婚約破棄してみてどうでしたか?」と聞かれて、シエリーはこう答えている。
「やっぱりお一人様は最高です」と。
連載にお付き合いいただき、ありがとうございました!
書いていて楽しかったので、もしかしたら続き書くかもしれないのですが、一旦ここで完結となります。
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