07. サレ令嬢、田舎に帰る
ドロイーネとの婚約破棄から数日後……
「あ~~~~~~すっきりしたぁー!!!!」
シエリーは思い切り叫んだ。
心に詰め込まれていた重い石を全部吐き出したかのような、爽快な気分だった。
現在、王都から辺境の領地にある実家へと戻って翌日のこと。
シエリーは、自身の所有する山へとやって来ていた。
今はもう、ひらひらしたスカートではなく、動きやすいズボンを履いている。
足元の靴も、華奢なヒールではなくのあるものではなく、山歩き用の頑強な革ブーツだ。
その姿で、シエリーは道なき道を切り開くようにして山中を歩いていた。
シエリーが管理しなくなってから一年の間、訪れる者がなかった山はひどく荒れていた。
伸び放題の草木に、確かに存在したはずの道が覆い隠されてしまっている。獣道よりちょっとマシ、という状態だ。
皮手袋を嵌めたシエリーは、慣れた手つきで草木を除けながらそこを進んでゆく。
(懐かしいな……)
舗装されていない、歩きにくい腐葉土の道。
一歩歩くたびに足元から緑の匂いが立ち上り、シエリーは思わず一年前を思い出した。ドロイーネと婚約するまでは、こうしてこの山を庭のようにして歩き回っていたのだ。彼が好むお淑やかな女性になるために、訪れることを封じるまでは……。
「……私ったら、どうしてこれまであんな浮気男にうつつを抜かしていたのかしら」
「ぷい」
呟いたシエリーに答えるように、道なき道を先導するペットが――一匹の小さなブタが答えた。
彼女はプーニー。シエリーの山歩きの相棒だ。
ブタと言ってもイノシシとの交配種であるため、容姿はウリ坊と呼ばれるそれに近い。
ブルネッタ家では、優秀な山狩の供として、代々このブタの一族を愛でてきた。
シエリーが子どもの頃は、プーニーの親ブタがお供をしてくれたものだ。
「そうよねプーニー。私が間違っていたのよね……」
「ぷい!」
肩越しに振り返ったプーニーの顔は、どこか呆れたような表情である。
シエリーには、彼女の言いたいことが分かった。
そもそもプーニーはドロイーネのことを嫌っているようだった。
彼から届く手紙や贈り物にシエリーが喜んでいる時、彼女はいつも機嫌悪そうに鼻を鳴らしていたのだ。「そんな男はやめておけ」とでもいうような彼女の態度を思い出し、シエリーは反省した。
「ごめんなさい。私、これっぽっちも男性を見る目がなかったわ」
「……ぷい」
「彼に好きになって欲しくて、本当の自分を偽ったけど……とても愚かだったと思う」
「ぷいー」
「あなたにも寂しい思いをさせてしまったわね……でも、もうきれいサッパリ終わらせてきたから! たくさん一緒にお散歩しましょうね!」
「ぷいぷい♪」
分かればよろしい、とでも言うように、プーニーは答えた。小ぶりな尻尾を振りながら、嬉しそうに先導する。
その様を見て微笑みながら、シエリーはくるんと巻いた尻尾の後を追った。
(わくわくするわ。何か素敵なことが起きそう)
久しく忘れていた感情が帰ってきている。
それに合わせて、シエリーの足取りも昔を思い出すようにどんどん軽くなっていった。