06. クズな言い訳
ドロイーネから浮気相手の女性へ宛てた手紙が、シエリーに間違えて送られてきたこともある。
封筒の宛先はシエリーだった。
なのに、中の便箋には知らない女性の名前が綴られていたのだ。
……疑念に蓋をし、この手紙はなかったことにしよう。
そう考えようとしたものの、シエリーには無理だった。
自分以外の女性に宛てられた愛の言葉の羅列を、無視することができなかったのだ。
シエリーは、この手紙はなんなのでしょう、と手紙で問い詰めた。
すると、ドロイーネはシエリーが思ってもいない返答をした。
『君に間違えて送ったそれは、架空の……つまり僕の想像上の女性に宛てた手紙だったんだ』
絵画を描く上で想像した、存在しない女性への手紙……それがドロイーネの説明だった。
腑に落ちない点はあった。
だが、シエリーは自分よりドロイーネの方が芸術に詳しいと思っていた。そのため、この時(芸術とはそういうものなのかしら……)と己を納得させて疑念を引き下げたのだった。
それ以上のこともあった。
一度、シエリーは彼の情事の現場に遭遇したことがあった。
デートの約束をした日、シエリーは彼の屋敷の寝室を訪ねた。
ドロイーネは時間にルーズで、その自覚も持っていた。そのため「待ち合わせに現れなければ眠っているので、部屋まで起こしに来て欲しい」とシエリーに頼んでいたのだ。
言われるがままシエリーが訪れたドロイーネの寝室。
そこには、ベッドで抱き合う男女の姿があった。
女が誰なのかは分からなかった。
なにせ全裸である。服など、身分を計れるものがない。
だが、男はドロイーネだった。彼の寝室である、疑う余地はない。
「シエリー! 待って、誤解だよ!」
部屋から力なく退室したシエリーを、ドロイーネが背後から呼び止める。
雑に衣類を身につけ寝室から転がり出てきた彼は、シエリーの手を掴み、苦しそうな顔で訴えた。
「本命は君だよ! いつも言ってるとおり、僕は君しか見えてないよ!」
「……ただちょっと……ほら、僕の中の芸術家が刺激を求めてしまってね?」
「彼女は何かっていうと……友達――そう、友達なんだ! 本当に、ただの仲が良い女友達さ。一晩一緒にいて、お酒を飲んでて……気づいたら揃って寝てしまってたみたいだね。それだけだよ、服は着てなかったかもしれないけど、他には何もしていない!」
そんな風に言葉を重ねるドロイーネを、シエリーは許してしまった。
悲しげな顔で「もうしないよ」と縋ってくる彼を、シエリーは突き放すことができなかった。
それ以上に、これ以上考えていたら、自分がおかしくなってしまう気がしたのだ。
彼が変わってくれると言うなら、その言葉を信じてしまいたかった。
……けれど、ドロイーネは変わらなかった。
しばらく経てば、また別の令嬢との浮気が繰り返された。
シエリーが夜会の場で婚約破棄を切り出したのには、それ相応の理由と耐えてきた時間があったのである。