05. 最初の浮気バレ
教会で婚約指輪の交換をしたその日のこと。
シエリーが招かれた彼の屋敷に、招かれていないはずの見知らぬ令嬢がやって来た。
「婚約ってどういうこと!? 私と結婚してくれるんじゃなかったの!?」
令嬢は通された客室で、ドロイーネに対してそう詰問していた。
そんな荒ぶる令嬢をなだめるためか。
……あろうことか、ドロイーネは令嬢を抱きしめた。
その光景をシエリーは目撃したのである。
ただならぬ様子で押し掛けてきた令嬢が気がかりで、客室に顔を出した際に、二人の抱擁が目に飛び込んできたのだ。
シエリーが顔を出すや、令嬢はバツが悪そうな顔になった。
そして「……失礼いたしました」と足早に屋敷から立ち去った。
彼女がブルネッタ家より家格が下の貴族令嬢だったのだとシエリーが知ったのは、それから少ししてからのことだった。
格上の貴族相手に、揉め事を嫌ったのだろう。
そして、ブルネッタ家との揉め事を嫌ったのは、令嬢だけではなかった。
「あれは、ああするしかなかったんだ……」
ドロイーネは美しい笑顔でシエリーにそう説明した。
令嬢との抱擁に対しての言葉だ。
「仕方なかった」
「気をつけるよ」
そう言葉を重ねる彼に、シエリーも「うん。分かったわ」と聞き分けよく微笑みを浮かべて引き下がった。
疑問や感情に蓋をして、見ないようにした。
――そういうことを、以降の一年間で、何度も何度も何度も繰り返してきたのである。
元々シエリーは、野山を駆け巡るじゃじゃ馬令嬢だった。
だが、ドロイーネの好む女性は皆、令嬢らしい淑やかな令嬢だった。
だから、シエリーは彼が好む女性になろうと努力した。
シエリーは領地で自分の山を持ち管理していたが、婚約後はそこに行くのをやめた。
どこへ行くにも一緒だったペットも、ドロイーネが「動物はあんまり好きじゃないんだよね~」と嫌悪感を示したことから、シエリーが王都に滞在する間は実家に置いてくるようになった。
動きやすいズボンを履くのを一切やめて、裾の長いスカートだけを履くようになった。
走るのをやめて、しずしずと歩くようになった。
髪をさっぱりと結い上げず、ゆったりと背中に流すようになった。
シエリーは自分を偽るようにして、一年、彼の婚約者として過ごしてきたのだ。
……だが、その間も彼の浮気は止まらなかった。
そうするのが自然であるかのように、彼は代わる代わる女性と関係を持ったのである。