04. それは果たして恋だったのか
最初、シエリーはドロイーネの容貌にピンとこなかった。
しかし、『自分は彼に恋しているんだ』と認識してからは、彼が堪らなく魅力的に見えるようになった。彼以外の世界が、ぼやけて見えたほどである。
ドロイーネは、見た目がいいだけでなく、実に洗練された立ち居振る舞いをする男だった。
芸術をこよなく愛する彼は『都会的』という言葉がピッタリで、都会と縁遠かったシエリーには、彼が教えてくれるすべてが新鮮で輝いて見えた。
「お手をどうぞ、お姫様」
そう言って街中で堂々と手を差し伸べる彼は、王子様のようで。
シエリーを、まるで本当にお姫様にでもなったような気分にさせてくれた。
「手、ギュッと握ってて……僕から離れないでね」
そのささやきは、シエリーには衝撃だった。
そんな甘い言葉を口にする男性には、これまで出会ったことがなかったからだ。
……そこからのデートの内容は、ほとんど覚えていない。
交わした会話の内容すら記憶に残らず、ただただ目の前の彼の笑顔だけがシエリーの脳裏に焼き付いていた。
このデート以降、シエリーはドロイーネのことしか考えられなくなってしまった。
王都から辺境の領地へと戻ったあとも、彼のことしか考えられなくなっていたシエリーは、食事も喉を通らない状態だった。
目は虚ろで、気づけばため息ばかり。
屋敷の中を歩けば壁に当たり、外を歩けば木に当たった。
これまで知らなかった系統の人間であるドロイーネとの出会いが、それだけ衝撃だったのである。辺境で育ったシエリーが初めて王都を目にした時と同じような、未知との遭遇だったからだ。
そんな娘の身を、子煩悩な両親が案じぬわけがない。
辺境伯とその妻は、ドロイーネとの婚約を娘に提案した。
そして、この婚約をドロイーネは快諾した。
この婚約話を信じられなかったのは、シエリー本人である。
ドロイーネは社交界の令嬢たちが注目するような男だ。
言い寄る女性は多いという噂をシエリーも耳にしている。
だから、彼が自分の婚約者になるのは渋々なのだろう、とシエリーは思った。
格上の貴族であるブルネッタ辺境伯の申し入れを一介の男爵であるドロイーネが断れるわけもなく、ゆえにドロイーネは承諾せざるを得なかったのだろう……と。
(……押し付けるような婚約はできないわ)
そう申し訳なく思ったシエリーは、ドロイーネに『お断わりいただいても構いません』と手紙で伝えた。
だが、彼から返ってきた手紙の言葉は、婚約に対して実に前向きなものだった。
『君の婚約者になれるなんて夢みたいだ……シエリー、君を世界一幸せな女性にすると約束するよ』
ドロイーネ本人がそう言うのであれば、シエリーが退ける話ではない。
こうして、シエリーはドロイーネと婚約することになった。
彼の笑顔が、彼の気遣いが、自分以外の女性にも向けられているなど、これっぽっちも思わずに……。
――ドロイーネの最初の浮気は、シエリーが彼と婚約を結んだその日のうちに発覚した。