03. 『元』婚約者との馴れ初め
シエリー・ブルネッタ。
王国より国境を任されたブルネッタ辺境伯家の令嬢である。
自然豊かな国境で、シエリーは山野を遊び場にしながらのびのびと育った。
令嬢としての教育は一通り受けて身についてもいたが、王都が遠く離れていたことでそれを披露する機会はほとんどなく、舞踏会より狩りをする方が身近という少し変わった貴族令嬢だった。
そんなシエリーとドロイーネ男爵との婚約は、およそ一年前に結ばれた。
17歳になったシエリーが少し遅いデビュタント――社交界デビューのために王都を訪れた際、来賓として参加していたドロイーネが見初めたのが始まりだ。
ドロイーネは、都会的で洗練された男だった。
そして辺境で純朴に育ったシエリーには、都会的な異性のアプローチに対する免疫がなかった。
「よければ王都を案内するよ、レディ」
デビュタントの場で出会って十数分のこと。
手慣れた態度でデートに誘ってきた彼に、シエリーは困惑した。
太陽の日差しを集めたような金の髪。
穏やかな海のような優しい青色の瞳。
すらりとしたしなやかな体躯。笑うと真珠のように輝く白い歯が口元から覗く。
そんな、社交界の女性たちに注目される美しさを、ドロイーネは持っていた。
周囲の令嬢たちも彼に熱い視線を向けている。
人々が見惚れる彼の美しさに対し、シエリーはというと、
(な、なんだかすごい……!)
と、気圧されていた。
同時に、デートという文化――異性交遊に造詣がまったくなかったため、どう返事をするのが正解なのかも分からず困ってしまってもいた。
そんなシエリーの心の揺れを、ドロイーネは見逃さなかった。
「大丈夫、僕に任せて。何事も経験だよ」
彼の言葉は、もっともらしく聞こえた。
確かにシエリーには、デートも王都も経験がない。
だから(それもそうだわ……)と納得し、シエリーは彼からのデートの誘いを受けることにしたのである。
***
シエリーにとって異性と同等に、都会は未知の場所だった。
どきどきの連続で――思わず街の景観に見とれては、馬車に轢かれかけてしまったほどだ。
「きゃっ」
「おっと、大丈夫?」
「は、はい……! ああ、びっくりしました。ありがとうございます……まだ胸がどきどきしています……」
「恋ってやつかもね」
シエリーを馬車から救ったあと、ドロイーネがさり気なくそう言った。
肩を抱かれてエスコートされていたシエリーは、この言葉と、己の胸でどくどくと鳴り続ける鼓動に、思わず納得してしまった。
(ああ、そうか。これが恋なのね……)
シエリーは初心で世間知らずな箱入り娘である。
一度これが恋だと思ってしまえば、後は転がるのみだった。