01. xxx回目の浮気現場
(――もう、いいわ)
婚約者であるドロイーネ男爵と、彼の何度目かの浮気相手である令嬢。
二人が夜会の会場でカーテン裏に消えた時、シエリーの心の糸がぷつんと切れた。
どうやら分厚いカーテンの中は、秘密の逢瀬にうってつけの場所らしい。
大勢の人々は談笑に忙しく、風もないのに不自然に揺れるひだの動きなど気にもとめていなかった。
むしろシエリーのことを気にする人々のほうが多かったくらいだ。
同情の声が、シエリーの耳にもひそひそと聞こえてくる。
「シエリー様は今日もお一人よ」
「ドロイーネ様は先ほど他のご令嬢とどこかへ……」
「一体、何回目かしら?」
「ああ……本当にお可哀想だこと」
そんな人々の視線とささやき声をすり抜けるように、当事者であるシエリーはつかつかとカーテンに近づく。
そして、そのカーテンをむんずと掴み――思い切り、捲り上げた。
「えっ?」「きゃあっ!」
カーテンの中に潜み抱き合っていた男女が、公の元に晒され驚きの声を上げた。
男は、確かにシエリーの婚約者・ドロイーネ男爵だ。
齢二十にして幾人もの女を虜にしてきた美丈夫である。見間違うのも難しい。
見間違いだったらよかったのに……とシエリーはもう何度思ったか知れないのだが。
談笑に興じていた人々も異変に気づいた。
「なんだなんだ?」と、シエリーとその手で捲られたカーテンの中身に注目している。
(隠れるってことは、悪いことだって分かってるんじゃない……本当にひどい有り様)
シエリーは内心でため息をついた。
人々の視線から逃れようと小さく身を寄せる男女の様を見て、まるで石の下に身を隠していた虫たちのようだと思った。
それから、慌てふためく彼らの様子を冷めた目で見つめながら、
「婚約破棄しましょう」
一言、そう婚約者に告げた。
しん……と静まり返った会場に、シエリーのその声はよく通った。
「こ、これは……違うんだ」
沈黙の中、ドロイーネがおずおずとそう口にした。
この状況でもまだへらついた笑みを浮かべられるのは、シエリーがいつも通り許してくれると思ったからだろう。
(違うって、一体何が違うのよ……)
ドロイーネを見つめたまま、シエリーは自分の心がとっくに冷え切ってしまっているのを感じていた。
確かに、これまでシエリーは許してきた。
彼の浮気を。
何度も。何度も。何度も。
同じだけ、彼の言葉を信じてきた。
……でも、それももう我慢の限界だった。
彼の笑顔が好きだった。だって顔がいいから、と許してしまった。
けれど、彼の顔なんて、もうどうでもよかった。
何なら二度と見たくない顔になっていた。
彼の浮気癖も。
それを許してしまった自分も、許した理由も……全部全部、
「……気持ち悪い」
今週中に一旦短編サイズで完結させようと思っています。
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