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第3話 アンチドアマットヒロインは、ヒーローの傷もショートカットする

 黒の王子、アレク。

 ゴルディア王国の第二王子。原作では健気に耐え忍び続けるドアマットヒロイン、エリザと結ばれ、彼女を救ってくれるヒーロー。

 ゴルディア王国では忌み嫌われる黒髪で生まれたために不遇な扱いを受け、それに負けまいと誰よりも強くなろうとしたという背景を持つ。

 そもそも後に世界を救う聖女であると予言されたエリザと結婚することになったのも、第一王子の我儘で、エリザが妾の子であるというのが汚らわしい、会ってもビクビクしている、要は気に入らないから結婚したくない。

 であれば、忌み子である第二王子アレクが結婚し聖女と共にこの国の便利な道具として働けばいいという実にざまぁ対象らしい考え方から。


 つまり、アレクもかなり不遇のヒーローであり、同じく不遇のドアマットヒロインであるエリザとそのつらい過去を乗り越え、ハッピーエンドを掴み取ることになる。

 そんなアレクとの初めての出会いであり、物語の伏線となるのが、悪夢の3年間前日譚として後に明らかになる、エリザが階段から突き落とされた翌日の話。


 原作では、階段から突き落とされたエリザが、死の恐怖を感じ逃げ出すように屋敷から飛び出す。そして、人の目から隠れようと入っていった路地裏で、アレクと出会う。そして、その時はただ二人は出会い、ほんの少しの会話を交わしただけ。だけど、その時交わした言葉がエリザにとってもアレクにとってもずっと心に残り続け、再会した時に互いの事を思い出すというもの。


 私は、エリザとして物語を、不幸をショートカットすると決めた。

 だけど、飽くまでショートカット。

 だから、私はアレクとの出会う為に急いで駆け続ける。


 原作でアレクと出会うのは、町の広場から少し離れた路地裏。

 アレクは、第二王子としての視察ということで定期的に都以外の領地を回らされていた。

 これもまた、第一王子とその母親である王妃の嫌がらせ。


 そもそも何故黒髪が忌み嫌われているのかというと王国の歴史に理由がある。

 王族に黒髪が突然変異で生まれると、かなりの確率で魔物の大発生が起きているのだ。

 だから、黒髪の王族は不幸の象徴とされており嫌われている。

 私が広場に辿り着いた時には、『それ』は始まりかけていた。


「おい、黒王子、来たぞ……」

「本当に黒髪なのね」


 人ごみとなっている広場の『観衆』が見ているのは、黒髪の少年。

 不吉の象徴とは思えないほどの美しい濡羽色の髪を揺らし、黒曜石が如き瞳でまっすぐ前を見据え歩いている。


「あれが……アレク王子……」


 視察という事で街を視ているが、広場には視線を送ろうとしていないことがよく分かる。

 この『観衆』は、敵だということをアレク王子も分かっていた。アレク王子は不幸の象徴、黒髪の王子。どこに行っても彼はそれを聞かされていた。視察に行けば大衆に、陰口を叩かれる。


「不吉な色ね……」

「まったく……ここに来ないで欲しいわ」

「……! 誰だ! 今、王子に対し無礼な発言をしたものは!」

「シアン、かまわん。あの数の中探すだけ無駄だ」


 観衆に切りかかろうとする様子を見せるお付きの者を嗜めるアレク王子。

 その目には諦めと、怒りが滲んでいる。


 そう、これは『いつも』のこと。

 アレク王子もまた悪意に踏まれ続けていた。

 視察が終わるまで視線と陰口に耐え、心にどんどんと傷を負っていく。その心の内が明らかになるのはエリザが悪夢の3年間を終えて、アレクと出会い暫くのこと。

 だけど、私はそんな物語知った事ではない。


 私は精霊にお願いしていたフード付きのコートで顔を隠し、もう一つ持ってきてもらったものを抱えて、観衆の中に紛れる。

 観衆は前世で言うところの壊れたレコーダーのように無機質に陰口を言い続けている。それはそうだ。この人たちは、金の為にこんなことをしているのだから。


 であれば。

 金で黙らせればいい。


 私は精霊にお願いし、布袋の中身を空からぶちまけてもらう。

 今日の広場の天気は、晴れ時々……


「ほ、宝石だー!」


 リオネラ達が父親に黙って買っていた宝石。一晩中かけて精霊と一緒に集めたそれを空から降らせる。落ちてきた石の正体に気付いた観衆たちはもう王子の陰口どころではない。慌てて落ちてきた宝石を我先にと拾い始める。

 リオネラ達も金を管理している男も少なくとも父親を使って私を責めることは出来ない。だって、父親に黙って買ってしまったものだから。


 私はそれを有効活用するだけ。


 観衆の中心にいた小太りの男が焦っている。

 男の名はオブシ。金貸しの男で、この観衆は彼によって集められたもの。


『金の返却をまってやるから王子の陰口を広場で言い続けろ』


 そう言って王子を踏みつけようとした人間の一人。後に、エリザを踏みつける為に彼は再登場させられる予定だけど、きっとそれも起きることはないだろう。慌てて、周りの人間を叱責しているオブシを無視し、私は観衆を通り過ぎ、王子の元へ、向かわず路地に入る。


「王子!」


 王子は、大衆がざわつく理由を想像することも出来ず心の限界を迎え、お付きの者が王子を視界から外している間に駆け出し始めたようだ。私はその声を確認すると、精霊にお願いし王子の動きを教えてもらい追いかける。


「あの……」


 私が声を掛けるとびくりと肩を震わせる膝を抱えた黒髪の少年。まさか、人がやってくると思わなかったのだろう。こんな薄暗い路地裏に。


 そう。

 そう思ったから物語のエリザは此処に来た。


 原作では、先にエリザがやってきて、膝を抱えて泣いている所にアレクが現れる。

 そして、弱ったエリザを見て己の心を奮い立たせ励ますアレク。


『母上に言われたのだ。俺は、俺だけでも俺自身を誇れるように生きろ、と』


 アレクのこの言葉を支えに、エリザは悪夢の3年間を耐え、アレクもまた王国の争いの場へと向かっていく。二人が再会し、その言葉を言った人が、言われた人が、お互いであることを知るのはまだ大分後の物語。


 だけど、私はそうはさせない。物語を、一生懸命生きている人間をあざ笑うかのように踏みつけるこの物語を、私は壊させてもらう。


「あの、大丈夫」

「……問題ない。おまえこそ、大丈夫か。目が赤い、隈もうっすらと寝ていないのではないか」


 ああ、13歳でこんな気配りの出来る男の子が……大人の悪意によって、心を光のない黒に染められようとするのか。そんなことは、許せない。


「ありがとうございます。お優しいのですね」

「そんな事はない。だって、俺は……黒髪だ」

「え?」

「黒髪なのに! のうのうと生きている! ふきつの象徴なのに、早く消えればいいのに!」


 許せない。こんな言葉を彼に刻み込んだ大人たちを。

 孤独に追い込んだ大人たちを。


「消えてはなりません。そんなもの大人が勝手に決めた事です。私も妾の子だからと汚らわしい存在として家で扱われています。私は……何もしていないのに」

「え?」


 私は、私たちは、数年後に再会し、漸くその時孤独を分かち合う。

 だけど、私は……ショートカットする。


「私は、私が誇れる自分で生きたいのです」

「その言葉は……母上の……」


 少しでも早く彼の理解者がいることを伝える。

 彼が孤独ではないことを伝える。

 きゅっと噛んでいたのであろう赤く染まった小さな唇の緊張がふわりと解け、彼は笑った。


「ふふ……そうか……ありがとう……」


 私は、いや、私たちはショートカットする。理不尽を飛び越える。

 原作など知らない。私は生きているのだから。

 この物語の飛び越え方を知っている私を生きるだけ。

 原作では名乗らないとしても……


「君は……」

「エリザ=ヴァシアーゴ。ゲオルグ=ヴァシアーゴの3人目の娘です」


 私は、飛び越える。

 そして、飛び越えさせる。

 それは、私の為。


「エリザ=ヴァシアーゴ……覚えたよ、エリザ」

「はい、ありがとうございます。それと……アレク様。これを……」

「この、紙は……?」

「誰もいない所で必ずお一人で読んでください」

「……分かった」


 数年後には不吉の象徴と言われながらも天才として知られるアレク王子。幼くとも、その意味は理解したようで丁寧に折り畳み外のポケットではなく懐に隠し入れる。


「それでは……『また』お会いしましょう」

「ああ、また」


 黒曜石の瞳に光が差し、薄桃色の頬を緩ませたアレク王子の笑顔。

 前世も含めれば何倍も長く生きている私だが不覚にもドキッとしてしまう。

 だが、目を伏せ心を落ち着かせ丁寧にお別れの挨拶を済ませる。


 私は、私の為に、ショートカットの為に彼の不幸を回避させているに過ぎないのだから。


 広場の騒ぎをしり目に、精霊に次のお願いをしながら、通り過ぎる王子のお付きの男から顔を隠し、私はあの家に戻っていく。たった一枚の紙だけを与えた王子を残して。


 あの紙には、こう書いた。


『シアンは裏切者』


 今日も一緒に視察に付いてきていたシアンという男は、第一王子の母と繋がっていた。

故に、視察の度に、さっきの金貸しのように人を使い、王子を追い詰める。そして、その事実がアレク王子に教えられるのは、エリザの悪夢の3年間のうちのどこか。彼もまたその裏切りを知り、心を壊される。

 だけど、今知ることで彼の心は守られるだろう。シアンに殺されるはずだった、アレクが心許せる人たちがまだ生きているはずだから。

 エリザには、まだいない『仲間』が、彼にいるはずだから。


 彼が前向きになり、そして、彼の立場が少しでも良くなれば、私と再会する日も早まるだろう。

 その日の為に。


「私は、ショートカットする」


 これから始まる悪夢の3年間を。血塗れになっても汚れても心無き人間の泥は被らない踏ませない。

 その家路を私は影が伸び続けるまでゆっくりと、ただ、強い思いを持って地面を踏みしめ歩み続けた。


お読みくださりありがとうございます。

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