第2話 アンチドアマットヒロインは、メイドのいじめをショートカットする
「エリザ、さま……その髪は……」
私の傍にいた赤茶髪の使用人が私の短くなった銀髪を見て恐る恐る『お伺い』を立ててくる。
こんなことはエリザに生まれてから初めてのこと。このメイド、サーニャは継母リオネラに命じられて、私の持ち物を壊す汚す髪を整えるふりをして引っ張ってはわざとらしく謝罪をしてくるなど私の心を削る事ばかりをこれまでやってきた。
そして、『原作通りに進めば』これからもそういったドアマットヒロインいじめをやってくる。最終的に、それを知った王子から罰を受け使用人の中でも最も低い地位に置かれエリザに何も出来なくなったことを逆恨みして襲撃。捕らえられ奴隷送り、となるキャラクターだ。
だけど、私はそんなことを悠長に待つ気はない。
「さっきも言ったでしょう、よく引っ掴まれていたから……いえ、『いろいろな人』に引っ掴まれていたから目障りなのかと思って切ったの」
「……! そ、そうですか……ですが……あの、ご自身で短剣か何かで切られたのでしょうか……乱れておりますので……あの……整えましょうか……」
私の言う『いろいろな人』に心当たりがあるのか怯えた表情で聞いてくるサーニャ。
それもそうだろう。引っ張られないためという理由だけで貴族の娘が護身用のボロボロの短剣で適当に切った髪。それがそのままずっと視界に入っていれば、いくら妾の子と馬鹿にしていたとはいえ私だけでなく他の使用人からのプレッシャーも凄いだろう。
だけど、私は心を許すつもりはない。
「いえ、大丈夫です。ちょっと急ぎ出かける用事があるので貴方の相手をしている暇がありません」
「え……お出かけ、ですか?」
ぽかんとした表情で聞き返すサーニャ。それもそのはずエリザは屋敷を出たことがほとんどない。令嬢としての訓練だと、使用人と同じように仕事をさせられていた上に、エリザ自身も自分の意志を失い外へ出ることへの恐怖を持っていたから。
ただ、そんなエリザが外へ出たことがある。それが……
「外へ出るですって! エリザ! 誰がそんな許可を出したの!?」
屋敷の入り口で使用人に支えられながら砂まみれのリオネラが叫んでくる。相変わらずのきんきん声だ。そして、それに追従するかのように異母姉ミリアとアリアもエリザに向かって脅し文句を突き付けてくる。
「そうよ! 妾の子が勝手なことをするんじゃないわよ! 昨日みたいに痛い目に見せられたいの!?」
「あんたみたいな女がウチの人間だと思われたら恥ずかしいでしょ!」
これまで何度も聞いてきたこの言葉。
この言葉たちがエリザの意志を削っていった。
妾の子。
痛い目。
恥ずかしい。
エリザは毎日のようにこういった言葉を浴びせられ自分自身をそうだと思い込むようになってしまっていた。
だけど、今は違う。
今のエリザには私の魂がある。私の、前世の、そういい人生ではなかったけど、少なくともエリザよりも『正しい世界』で生きてきた記憶がある。
こんな間違った世界は否定してやる。
「昨日みたいな痛い目を見せられたい、とはどういうことでしょうか。昨日私が階段から落ちたのは偶然だと父上におっしゃっていたではありませんか」
私の言葉に顔を歪めるミリア。
昨夜の事故のあと。その夜も何事もなかったかのように、夕食をとっていた。昨夜は家長である父親が帰ってきていた為、家族全員での食事となった。その時に、私の事故の話題となった。といっても、事故の原因を明らかにするためではない。ただ、
「エリザが階段から落ちたそうだが」
「ああ、エリザが間抜けだから足を踏み外したのです」
「そうか……気を付けるよう」
この父親の『気を付けるよう』には、どちらかと言えば、大事にはしないように気を付けろというリオネラ達へのメッセージだ。
父親は家族に対する愛情はほとんどないと言っていい。だからこそ、妾の子が生まれたのだろうし、家の自分の領地に帰らず、都で、前世で言う所の単身赴任を満喫している。そうする為にも、家でのもめ事は大事になって欲しくはないが関与もしたくないというのを隠す様子もない。そういう人だが、家長であり、家の決定権は父親にある。
だからこそ、父親への報告に嘘があってはならない。
まあ、誤魔化しようはいくらでもあるだろうけど、ミリアはあまりこういうことに頭の回る方ではないので、自分の言葉の矛盾を突かれ口ごもってしまう。自分の姉の無様な様子を見かねてかアリアが口を挟もうとしてきたところで、私が先手を取る。
「アリアお義姉さまの心配もご無用です。お義母様たちと違って、私の事など誰も知らないでしょうから。だって、ここに来てからずっと外に出たことがないのですから」
リオネラ達はずっと屋敷に私を閉じ込め続けた。原作がそうだったからと言えばそれまでだが、リオネラ達は徹底的に狭い世界の中でエリザを貶めることに快感を得ていた。それと同時に恐れていたのだと思う。
どんどん美しくなっていくエリザが外を知ることで自分の価値に気付くことに、また、外の人間がエリザの価値に気付くことに。
アリアはなおも何か反論できないかと考えてはいるが、そもそもこれまでの行動が短絡的。力を持った人間が後先を考えず己の快楽のままにその力を振り回した結果など、その人間が死ぬまでそれが続くか、破滅かしかない。
「それでは、先を急ぎますので。それにお義母様達は砂や泥をかぶられていらっしゃいますし、私のような汚らわしい娘に関わらず身体を清められた方が良いのでは」
「……! そうよ、大体! 何故このドアマットはこんなに汚れているの! 掃除は誰が……」
私の言葉に顔を真っ赤にしたリオネラが髪を振り乱しながら叫び散らす。その砂や泥がミリアやアリアに振りかかり不快な表情になっていることも気づかずに。そして、キッとリオネラに睨まれたメイド長が少し目を伏せハッと思い出し口を開く。
「サーニャ、です」
「あ……!」
口に手を当て真っ青な顔で目を見開くサーニャ。
私はただ意趣返しのつもりでドアマットの罠を仕掛けたわけじゃない。
使用人の掃除のスケジュールは知っていた。私も掃除をさせられていたから。そして、誰がどんな仕事ぶりかもよく分かっていた。
リオネラ達に命じられ、私を苛めることが楽しくなっていたサーニャの仕事ぶりは目に余るほどだった。他の使用人達も気づいていたけど、エリザいじめ上手のサーニャはリオネラのお気に入りで強く言う事が出来なかった。
だけど、プライドの高いリオネラにとってはお気に入りの飼い犬に手を噛まれた気分だろう。今までエリザをいじめていた『功績』などなかったかのように目をひん剥き、ミリアやアリアを足でどかしてサーニャの元へ向かう。
恥じらいもあったのだろう私の方は見ず、サーニャの元へ一直線に向かっていく。
今朝、父親が出かけた為、家長不在のこの家で形式上最も偉いのはリオネラであり、実質女主人だ。そのリオネラにとって今最も重要なのは、妾の子を貶めるのではなく、主としてのプライドを取り戻す事。 その為に威光を示す事だ。
私はそんなリオネラには構わず、屋敷の扉へと向かう。
ひっくり返ったドアマットを踏み、何か言いたげな義姉達を無視し、外へと向かう。
「サーニャァアアアアア!!!」
サーニャは恐らく、首にはならない。父親不在の中リオネラの一存では決められないはず。
であれば。
使用人の中で一番低い地位に落とされるだろう。
そして、父親が帰ってきた時に、リオネラはありもしない罪をでっち上げ奴隷として処分するように進言するかもしれない。
これは彼女がやってしまったことだ。
使用人として真面目に仕事をしておけば。
他の使用人に認められるようになっておけば。
エリザをいじめなければ。
原作通りの彼女の結末がショートカットして起きただけの話。
私は、原作では聖女と呼ばれることになる。
だけど、聖女になれなくても構わない。
私が、エリザが踏みにじられなければそれでいい。
その為に、ショートカットするだけ。
外に向かう私。
エリザが、悪夢の3年間を終えるまでに外に出たのはたった一度だけ。
今日だ。
階段から突き落とされ、死の恐怖を感じたエリザは次の日、震える足をなんとか動かし、使用人やリオネラ達の目を掻い潜って『裏口』から屋敷を抜け出す。
私は、そんなことはしない。
私にとってまっすぐに最も早く、正しい道で進んで、外に出る。
扉を開けた先は、眩しい日差しに目がうまく開けられない。
それでも、日の光を浴びた世界は、背後で聞こえるキンキン声が騒がしい屋敷よりもはるかに美しく、希望に輝いていた。
「……じゃあ、早速行きましょうか」
私はそう自分自身に言い聞かせると、歩みを速めた。
悪夢の3年間の直前に起きた出来事。
原作の大切な伏線。
黒の王子、アレクに会いに。
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