2話・想いは永遠に
「でも、そこにはカール。あなたも含まれているわ」
「有り難き幸せ」
「いやあね。大袈裟なのだから」
カールは、実は前大公ロアルドの腹違いの弟だ。本来なら私の義弟となる。女官をしていた彼の母は、ロアルドの母が妊娠中、ロアルドの父に襲われて妊娠した。被害者の彼女はそれを知ったロアルドの母から怒りを買い、宮殿から追い出されそうになり、それを不憫に思ったロアルドの父が、ヘッセン家に頭を下げて、彼とその母を匿ってもらっていたのだ。
彼の母親は大層美しい女性だったと聞くから、彼はその母親の美貌を受け継いだに違いなかった。私が物心付いた頃には、彼の母親は病死していた。
「あなたさまは大公さまが亡くなられた後も、よく頑張られましたよ」
「カール」
「私はあなたさまを見続けて参りました。この想いは叶わずとも、あなたさまのお側にいられるだけで幸せでした」
カールは私が嫁ぐ前に、好きだと告げてきて駆け落ちを持ちかけてきたことがあった。私はその道を選べなかった。気持ちは彼にだいぶ傾いていた。でも、ヘッセン家の娘として使用人に傅かれてきた自分が、平民として生きていく自信が無かった。だから彼の想いを受け止めることは出来なくて、二人の道は閉ざされたはずだった。
「私もあなたと添い遂げることは出来なかったけど、いつも気持ちはあなたの側にあった。あなたが側にいてくれたから今までやってこられた。これからも側にいてくれるかしら?」
「勿論です。あなたさまのお側にいます。これからもずっと」
「本当に?」
「はい。私はお迎えにあがったのですよ」
そう言って手を差し出したカールは、魔法がかかったように若かりし日の姿を現した。燕尾服姿でわたしの前で綺麗に一礼をする。
「お手をどうぞ。ベアトリスさま」
若返った彼に皺が入った自分の手を差し出すのが躊躇われる。それでも手を差し出したら、彼に触れた途端、皺がなくなり白魚のような手に変化していた。それと重苦しく感じられていた体が軽くなった気がした。
「今宵はあなたさまの歓迎会ですよ。皆さまお待ちかねです」
そう言って彼は、自分の胸に挿してあった金の薔薇を抜いてわたしの髪に挿した。すると彼の胸に銀の薔薇が咲く。
そこに天上から光が差してきて、大きなドアが目の前に現れた。彼は迷わずそのドアを押し開いた。そのドアの向こう側にはきらびやかに装った、懐かしい人々の顔が見えた──。
その日。宮殿では自室で眠るように亡くなっているベアトリスの姿を女官が見つけた。そのベアトリスの胸元には、奇妙なことに金の花びら数枚が残されていたと言う。報告を受けた大公夫妻は、リヒモンドからも不思議な話を聞いた。ベアトリスよりも数ヶ月前に亡くなっていた庭師の胸元にも、似たような花びらを見かけたと言う。彼の胸元には銀色の花弁が落ちていたらしい。
それを聞いたディジーは、隣国で伝え聞く「星の花」に違いないと言った。お互い想い合っているのに現世で結ばれなかった者達の魂を、愛の神さまが気まぐれに星へとすくい上げる事があるらしい。その者達の胸には、金と銀の薔薇が咲くそうだ。
それを聞いて私は、すでに埋葬されていた庭師の墓をこっそり、ベアトリス大叔母さまの隣に移すことにした。それには父のローダントと、リヒモンドの協力もあった。
誰に知られるわけにもいかない秘密。この場にいる皆が何も言わずとも口を噤んだ。レバーデン大公家に嫁ぎその身を捧げた大叔母さまの秘めた想いが少しでも報われますように。人知れず私は空を仰いだ。
──あなたの産む子が、次代の大公になるのですよ
ふと、大叔母が私のいた修道院に来て言った言葉が蘇った。その言葉はもしかしたら、大公家に嫁いで来た女達が姑から言い聞かせられてきた言葉ではなかったのか?
政略結婚でレバーデン大公家に嫁いで来た女達の想いが、現在の大公家を支え続けてきた。私もいつの日か娘にそんな言葉をかける日が来るのかも知れない。
それでも願わずにはいられない。子供達が成人した頃には政略結婚などしなくとも、想い合った人と一緒になれる日が来ることを。
私は夫と政略結婚をしたけど、それに不満はない。私達は恵まれていたのだ。結婚した人と愛を育むことが出来た。夫に出会えたことには感謝している。
──大叔母さま。愛する御方と安らかにお眠り下さい。後の事はどうぞ、私達にお任せを。
大叔母の安らかな眠りを願い、私達はそれぞれの待ち人のもとへと歩き出した。




