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15話・この人の娘でありたかった


 クランチオ侯爵は、義娘がしでかしたことを知った。これでリヒモンドを次の大公へと推すことは無いだろう。放っておいても反大公派の勢いは収まる。何も問題ないはずだと思えた。リヒモンドもそれを望んでいない。彼が望まぬ事を無理強いはしたくない。元凶は今のうちに潰しておくのに限る。

そうなると今度は、ネルケ夫人の存在が邪魔に思えてきた。元はと言えば夫人がリヒモンドを次期大公にしたがっていたのだ。それを愛娘の願いを叶える為(そこには自分の野望もあっただろうが)、クランチオ侯爵は動いていた。


 その夫人は考えなしに大公を刺した。その事で咎を受けるはずだが、それを機に今後を諦めてくれれば良いが、夫人は以前復讐しないかと持ちかけてきたのだ。

夫人も大公家には思うところがある。このままで終わる気がしない。夫人が存在していることで、今後も振り回されそうな気がする。そんなのはもうご免だ。


 10年前のことを思えば、手が震える。これから夫人にしようとしていることは、わたしにとって過去と決別する為。真相を知る人間は速やかに──。


 手の中の籠のサンドイッチとワイン。それらには毒物が含まれている。宮殿の庭に水仙が咲いているのを見て思い立った。水仙は見た目の可憐さから毒とは無縁に思われるが、葉やその根はある野菜と似ていて騙されやすい。平民ならまだしも、特に特権階級者は自ら料理などせず、調理人任せだ。その為、毒物を含まされたものを差し出されても食べる可能性は高かった。

それらを細かく刻んでサンドイッチに挟み、ワインには水仙を浸していた水を混ぜた。


 この先、夫人が生きていると困ることになる。夫人によって、リヒモンドの立場が揺らぐような事があってはならない。彼は大公弟としてこれからも生きて行く。その為には、あの人の口を塞ぐしか無い。

馬車で産みの母の元へ向かえば、彼女はわたしの態度でこれからしようとしていることに気が付いたのだろう。過去の出来事を色々と語り出した。それはまるで死に逝く前に、伝えておこうとでも言うように、自分の知らなかったことを語り出した。それに絆されたわけでは無いが、毒入りのワインを注いだグラスを差し出す時、思い切り床に叩き付けていた。


 今更、どうして? と、いう思いが強かった。ネルケ夫人は、わたしは望まれて産まれてきたのだと言いたげだった。信じられなかった。

 アリアンヌ大公妃には、公子として生きるように強要され、わたしは「ウォルフリック」として育ってきた。それ以外の生き方はないとばかりに育てられてきたのだ。

そのわたしが望まれていた? 嘘だ。


 ネルケ夫人は、わたしが殺そうとしたのを咎めなかった。まるでそんな気持ちを抱かせたことさえ、自分の罪とばかりに甘んじて受け止めようとしていた。

 なぜ? どうして? と、いう思いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。そこへウォルフリックとバレリー、そして隣国にいたはずの養母のロズリーヌが現れた。皆が心配していた。その顔を見て、自分はとんでもないことをしようとしていたのだと気付かされた。

ロズリーヌに抱きしめられたら、胸の内に滞っていた思いが決壊したようにあふれ出した。



「バレリー」


「母さん……」



 わたしはどうして、この人の娘として産まれてこなかったのだろう。この人の娘でありたかった。

 母さんはわたしが泣き止むのを待って、檻の中のネルケ夫人と向き合った。産みの母と育ての母とで、思うところがあったのだろう。

 その後、スッキリした面持ちの母さんに手を引かれてその場を後にした。



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