11話・クランチオ侯爵には明かされていない秘密
「何があったの? バレリー嬢が倒れて、あなたが悪く言われていると聞いたわ。あなたは悪い子じゃないわ。何かの誤解よね?」
「放っておいてよ」
夫人の顔を見たら、泣きつきたい衝動に駆られた。皮肉にも評判の悪い夫人だけが心配してくれた。大公家の者達は皆、使用人ですらわたしが何かしたのではないかと決めつけている中で、夫人だけが信用してくれた。
寝室に駆け込むとしばらくして夫人は出て行ったようで、ドアが閉まる音がした。これでいい。この件には夫人は巻き込まない方が良い。そう思っていたのに、夫人はバレリーを部屋に連れてきてしまった。
夫人はわたしが一方的に悪者にされていることに、納得がいかない様子で、バレリーを批難していた。ドアごしに聞き耳を立てていると、どうも話の流れが思わぬ方向へ行き始めた。
バレリーはわたし達が、実の母娘ではないかと疑いを持ち始めていたのだ。これ以上、追及されては困ることになる。わたしは焦った。そこで部屋から出て行き、頭が痛いと喚いた。バレリーは医者を呼びに行き、夫人は心配して医師や、大公家の皆が顔を出すまでわたしの側にいてくれた。
「ディジー、大丈夫?」
慈しむような声に、泣きたくなった。この人とわたしは似ている。大公家に振り回された側として。わたしの未来はこの人なのだろう。そんな気がした。
父や祖母にはわたしの記憶が戻ったと誤魔化し、ウォルフリックとバレリーの邪魔をするのは止めた。
そのわたしに、ネルケ夫人がある計画を持ちかけてきた。今の大公から当主の座を取り上げて、リヒモンドを新たに当主にするという。彼を後押しするのはネルケ夫人の養父であるクランチオ侯爵で、侯爵にも会った。
「おおっ。ネルケによく似ておる。その顔をもっとよく見せておくれ」
クランチオ侯爵は気難しそうな顔をした老人だったが、ネルケ夫人によく似たわたしを見て破顔した。
「こんなにも可愛い孫娘を公子として偽り育ておって……」
侯爵は亡くなったアリアンヌ大公妃を、良く思って無いようだった。どうも、アリアンヌ大公妃はネルケ夫人が産んだ大公の子は男の子だったと言って、産まれたばかりの赤子をネルケ夫人から取り上げていたらしい。表向き産まれた子は大公妃が産んだ子とされていた為、自分達は近づくことすら許されなかったのだと、侯爵は言った。
「そなたのことは宮殿にあがる際、遠くから眺めることしかできなかった。だからこうして会えて嬉しいよ」
侯爵は涙目になっていた。ここだけ見れば彼は悪い人では無いと思いたくなるが、残念ながらクランチオ侯爵にはきな臭い噂が付いて回る。
反大公派の筆頭が彼なのだ。彼は前大公の兄。産みの母が愛妾だった為、大公になれなかったと言われている男だ。彼が産まれて翌年に当時の大公妃に男児が生まれ、その子が後継者として認められた。
クランチオ侯爵には、政略結婚して迎えた妻との間に男児が生まれると、義務は果たしたとばかりに妻や子を置いて愛人を囲い、愛人母娘と一緒に暮らしてきた。その為、実子よりも愛妾の娘ネルケを可愛がっていると聞く。
そのネルケに似ているから、わたしに対して警戒も緩んでいたようだ。
リヒモンドの素性を知るわたしとしては、彼を大公に推すのは厳しい気がしている。ネルケ夫人は彼の素性を養父には明かしていないようで、「彼は──」と、言いかけたのを夫人から首を振って止められた。
そして帰り際に耳打ちされた。
「リヒモンドの本当の親のことは父には話していないの。まだ話さないで」
「でも……」
リヒモンドは大公家の血を引いていない。彼はヘッセン家の息子なのだ。それをあなたが乳母に唆されて入れ替えたというのに?
重要なことのはずなのに、ネルケ夫人は隠蔽しようとしている? なぜ?
納得がいかないまま宮殿へ帰ると、リヒモンドに会った。




