4話・わたしが自分の産んだ子では無かったから?
「ウォル……フリック?」
赤毛の女性は、ウォルフリックの名前を呼びながらもわたしを見ていた。その女性には見覚えがあった。リヒモンドの母のネルケ夫人だった。ネルケ夫人は凝視している。夫人の何かに気が付いたような目線が怖かった。
階段の踊り場で、ウォルフリックと肩を寄せ合っていると、彼に聞かれた。
「このひと、だれ?」
ウォルフリックは、この場に突然現れた夫人を警戒したようだ。
「さっきはなしていた、リヒモンドにいさんのおかあさん。ネルケふじんだよ」
つい先ほどまで自分は、父の年の離れた弟であるリヒモンドのことを話題にしていた。ウォルフリックがこの宮殿には、両親や祖母の他に誰が住んでいるのかと聞いてきたから、西館に叔父のリヒモンドがいると教えたのだ。
彼は夫人の素性が知れたので、自己紹介をした方が良いと思ったのだろう。名乗ろうとしたが夫人は彼を見ていなかった。
「はじめまして。ぼくは……」
「あなたはここにいてはいけないわ。あたしと一緒にいらっしゃい」
ネルケ夫人は、いきなりわたしの腕を掴んだ。これには驚いた。どうして夫人がこのような態度に出たのか分からなかった。ウォルフリックは、夫人の態度から異変を感じ取ったようだ。大声を上げた。
「おばさん。なにするの? ベレニスからてをはなして! だれか! だれかきて──!」
「ちょっと! 止めてよ。騒ぎになるじゃない。もう、誰か来る前にさあ、行くわよ」
ウォルフリックの大声に慌てて、ネルケ夫人はわたしの腕を引っ張った。どこかに連れて行かれる? 怖くなって抗っていると、母が姿を見せた。
「どうしたの? ネルケ夫人っ」
わたし達のいる踊り場まで急いでやってくる。
「これはどういうことですか? ネルケ夫人」
「あんた、よくも騙してくれたわね?」
「何のお話でしょう?」
「あたしが産んだ子は男の子だって言ったじゃない? それなのに……。酷い。この子の人生を何だと思っているの?」
ネルケ夫人の言葉にまさか? と、いう思いが過ぎる。隣のウォルフリックは、夫人が何を言っているのか理解出来ないようで、母を罵る夫人に驚いていた。
「あなたには言われたくありませんわね。男に媚びるしか能のない女が」
「この石女が! あんた、あたしを恨んでいるなら直接、あたしを攻撃すれば良いでしょう。それなのにこの子に今まで何をさせてきた? 信じられないわ」
ネルケ夫人の言葉で、自分の実の母親が誰なのか悟ってしまった。そして今までの母の教育にしては行きすぎた言動の、わたしに対する当たりの強さの裏側を知れたような気がした。
母はわたしを褒めることはなかった。他人に褒められてもそれが当たり前だとして、更に向上するように求めるだけだった。わたしは母に褒めて欲しくて、頑張ってきた。それなのに全然、認めてもらえない。
でもそれは、自分が男の子ではないことで、不完全な存在として母が不安を感じて、鍛えてくれているのだと信じ、いつの日か認めてもらえるはずと思い込んでいた。
──そうではなかった。わたしが自分の産んだ子では無かったから?
そう思えば納得出来てしまう。人前では優しそうな笑みを浮かべる母が、わたしの前ではいつも不機嫌な様子で、滅多に笑わない理由が。




