2話・リヒモンドに初めて会った日
そんなある日。自分達の住む東館の庭に、庭師と麦わら帽子を被った少年がいた。庭に出ると自分より幾つか年上と思われるその少年は、気さくに話しかけてきた。
「きみはウォルフリックかな? ぼくはリヒモンドだよ」
その名前には聞き覚えがあった。父の年の離れた弟だ。彼は西館で祖母のベアトリスと暮らしていた。母が西館に近づくのを快く思っていなかったことから、彼らとは疎遠だった。
大公家の行事でも彼は欠席していて、なかなか顔を合わせることもなく、今回初めて会った。
このような顔をしていたのだ……と、マジマジと見つめてしまった。深緑色の髪も黄緑色の瞳を抜きにしても顔立ちがバレリーに似ている気がする。と、思っていると誘われた。
「あっちに行こう」
「え?」
「カール。義母上のところに行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
庭師に断りを入れて彼が連れてきたのは、母に立ち入りを禁じられていた西館で、祖母の前だった。
「いらっしゃい。ベレニス」
「おばあさま」
祖母とは大公家の行事でしか、顔を合わせたことがなかった。その祖母は身内だけになると、自分のことを「ウォルフリック」と、いう名では呼ばずに「ベレニス」と、呼んでいた。ベレニスという名前は、父がわたしの為につけてくれた名前なのだと、乳母からも聞いていた。
「おなかすいてない? これおいしいよ。ベアトリスさまの手づくりなんだ」
応接間に通されて頂いたのは、お祖母さま特製のクッキーだった。見た目はゴツゴツしているけど、クッキーの中身はチョコとナッツで美味しかった。リヒモンドは遠慮せずにもっと食べろと勧めてくる。
「ベレニスは今の暮らしはどう? 不自由をしていない?」
「不自由?」
「きみのことを、ベアトリスさまはあんじているのだよ」
祖母に聞かれて戸惑うと、リヒモンドは祖母が自分を心配していると言った。
「あなたをこのままにしておいてはいけないとは思っているの。もう少しだけ我慢してくれるかしら? そしたらあなたを女の子に戻してあげられるわ」
「でも、わたしは……こうしでいなくてはならなくて……」
母がそう願っているのだ。自分が公子を止める日がくるとは思えなかった。この頃には大公家の事情を大体、察していた。この国では大公家に産まれた男児に継承権は与えられているが、女子は婚姻して籍を離れることが決まっている。
母が自分を男児と偽り育てているのは、自分の大公妃としての立場を確立する為だ。父も何故かそれについては目を瞑っているようだった。自分を「ウォルフリック」と、呼び、他人には自慢の息子だと言いながらも、家族三人となると不憫そうな目で見てくる。そんな中、母だけが得意げに自分の作り上げた「ウォルフリック」の自慢話をするのが日常となっていた。
誰にでも好かれる聡明なウォルフリックは、母アリアンヌが作り上げた公子の姿だ。その型に押し込められて自分は生きている。
その雁字搦めの生活から解放してあげると、祖母が言ったような気がした。




