1話・母の思惑
わたしは生まれ落ちた時から、母アリアンヌ大公妃の思惑によって、公子として育てられてきた。母は教育熱心な人だった。幼いうちからわたしに、様々なことを教え込んできた。大抵、まだ三歳になるかどうかの子供に、教えるには早いとされる教本を与えて文字の読み書きをさせ、他の子が文字に興味を示して絵本を読み始める頃には、数学式を覚えさせて計算させていた。
そこにマナーや、剣術などが加わる。それが自分にとっての当たり前の生活。
剣術で怪我をすると、母の乳母だったばあやが手当てをしてくれながら、「本来ならば公女さまとしてお暮らしになっていたはずなのに……」と、嘆いていた。
あの教育熱心な母のことだ。自分が公女として育とうが、教育内容が変わるとは思えない。母から常に言い聞かせられていたから。
「あなたはこのレバーデン大公家の者。皆があなたを見ています。皆の模範になるような生き方をしなくてはなりません」
大公家の恥になるような行動は取らないようにと、言い聞かせられてきた。それに逆らうような事や、母の気に入らないことがあると腕を鞭で打たれる。それが怖かった。
痛い思いをしたくなければ、なるべく母の意に添うように行動するしかなくなった。常に母の顔色を窺う日々。
そこへ一人の少女を紹介された。自分の許婚だと言う。お祖母さまの兄の孫娘。お祖母さまの子供時代を思わせるような外見に緊張したが、本人にお祖母さまのような威厳は感じられず、家族皆に可愛がられてきたらしく無垢でどこか危なっかしさを感じさせる子だった。
「わたしはバレリーよ。よろしくね」
バレリーは日向のような子で、自分の抱えてきた鬱屈した思いを温かく包み込むような優しさがあった。彼女とはすぐに仲良くなった。
その晩。ばあやに向かって聞いてみた。
「わたしはおんなのこなのに、おんなのことけっこんするの?」
許婚とは将来、大人になって結婚する相手だとは分かっていたけれど、それは異性同士ではないのか? 同性同士で出来るのかと聞いた自分に、ばあやはため息を漏らした。
「アリアンヌさまは何を考えておいでなのでしょう? わたくしには分かりません。でも、バレリーさまと仲良くなっても、体のことは知られてはなりませんよ」
「わかっているよ。ぼくがおんなのこだとしられないようにって、ことだろう?」
ばあやは答えを濁した。でも、そのばあやから逆に注意を受けて、自分は一生、女であることを隠していくのかと、絶望的な気持ちになっていた。
バレリーは毎日、会いに来てくれた。彼女が訪れると勉強の時間は、中断される。彼女がやって来る時間は自分にとって楽しみと、彼女への複雑な思いに満たされるようになった。
彼女自身に不満などない。ただ、彼女は自分のことを男子と信じているから、それを裏切っているように感じられたし、その一方で自分も本当ならば、彼女のように可愛らしいドレスを着て、髪の毛を好きなように結んでもらいリボンで飾っていたのにと恨めしい気持ちにもなった。そのうち、剣術の稽古の後で体を拭いていたときに、本当は女の子であることがバレたが、彼女は誰にも言わないと誓ってくれた。




