1話・結婚後も悩みは尽きない
「公子妃さま。もうお目覚めですか?」
「何だか寝ていられなくて目が冴えてしまうの」
季節も移り変わり、木々が葉を散らし、冬将軍の訪れを肌で感じ出した頃。かじかむ手を擦りながら女官が蝋燭と暖炉に火を入れてくれていた。ベッドから出てそれを労うと驚かれた。まだ早朝で使用人達が起き出して仕事を始める時間帯だ。
主人達はお昼近くまで寝ているのが主流だが、最近の夫の様子が気になってあまり眠れないようになっていた。
「何か体が温まるようなものをご用意致しますか?」
自分が勝手に起きただけなので、他の部屋にも明かりと暖炉の火を点しに向かう彼女の仕事を、増やしたくはなかった。
「大丈夫よ。編み物でもしていれば気が休まるわ」
そう言いつつ、編み棒を手にすれば女官は微笑んだ。編み籠の中には私が編んだ小さな靴下や、帽子が入っている。
「あまりご無理はなさらない方が宜しいかと。後で温めたミルクをお持ち致します」
「ありがとう」
そう言いながらお腹に手をやる。まだ妊娠4ヶ月なのでお腹の膨らみは感じられない。それでも編み棒を手にすると、実感が湧いてくるような気がした。
私達は二年前に結婚していた。国を挙げての挙式で華やかなものになり、公国民の皆に祝福されて二年
目にして妊娠の運びとなった。宮殿の本館には現在大公が住み、東館に私達夫婦が、西館にはリヒモンドと大叔母が住んでいた。
私達が東館に入るにあたって、新しい使用人が雇用された。本館や西館に比べると使用人の年齢層が若い気がするが、本館のベテラン執事や、ベテラン女官長に扱かれてきただけに皆、しっかりしている。
私も公子妃となってから執務が宛がわれたが、妊娠が知れてからは大叔母や大公が大喜びして、現在私の分の執務は二人が分担して行ってくれている。その為、私のやることは特にない。時間を持て余し気味の上に、最近夫のウォルフリックと生活がすれ違っていて、心配が尽きないでいる。
夫のことは信用しているが、もしやと疑ってしまう時があるのだ。今は寝室を共にしていないこともあって、ウォルフリックの顔を見ない日もざらにある。
不安がこみ上げてくるのを、必死で抑えている状況だ。そんな煩わしい思いから、目を逸らすように始めたのが編み物だ。編み込んでいく内に、余計なことを考えなくて済む。
「バレリーさま。お食事の用意が整いました」
いつしか夢中になって編んでいたら朝食の時間になっていたようだ。ソファーの前のローテーブルを見れば、そこには一つのカップが置いてあった。カップの中身はミルク。恐らく早起きして編み物を始めた私の為に、先ほど部屋を暖めに来てくれた女官が用意してくれたものだろう。彼女が来ていた事に気が付かなかった。
悪いことをしたと思いつつ、迎えの女官の案内で食堂へと向かえば、そこに夫の姿はなかった。今まではどんなに忙しくとも、朝食と夕食は共にしていたというのに寂しいような気がする。婚約時代に共にしていた昼餐は、執務に忙殺されてお互い、別々に取るようになっていた。
「ウォルフリックさまは?」
「先に済まされておいでです」
「そう」
側仕えの女官に訊ねれば、昨日と同じ答えが返ってくる。私の声音に寂しさを感じたのだろう。その女官が付け足しのように言った。
「公子さまは、今手がけている仕事のめどがつけば、バレリーさまとお食事を共にされたいと仰られておりました」
「そんなに忙しいのかしら? だったら私、手伝うのに……」
妊婦とはいっても、暇なのだ。出産経験のある母や実家の侍女のリナから悪阻の時期は辛いと聞かされていたが、幸い悪阻も軽い方だ。大公家の皆が心配して初産なのだから無理してはいけないと、止めるので編み物以外は、気晴らしに散歩に出ることぐらいしかない。とにかく何もすることがない。そんな状態なので夫と夫婦の時間が取れないぐらい忙しいのならば、多少仕事を手伝っても構わないと思っているのに、女官には案の定止められた。
「公子妃さまには、元気なお子様を産んでいただかなくてはなりません。執務の方も気にはなるでしょうが、今はご夫君にお任せして、お腹のお子の為にも栄養のある物を取り、健やかにお過ごし下さい」
結局はそう言われてしまい、すごすご部屋に戻る羽目になった。その途中で、女官長に付き添われて散歩から戻って来ると、廊下で立ち話をしている女官二人を見つけた。




