55話・リヒモンドに対する思いは
我が家の長兄は、戸籍上は次兄だ。両親は初めて生まれた子が死産となり、深い悲しみに暮れたという。父が母を慰めて再び妊娠するまで、二年の月日が経っていたとは母がよく私にする話だ。
母は時々、あの子が生きていたなら丁度……等と言って未だに忘れることが無いくらいなのだ。それなのに──。
「でもね、ロアルドさまは発言を翻した。やっぱりこの子に継承権は与えないって。裏切られた気がしたわ。義父に泣きついたら怒って、自分が何としてもこの子を次期大公の座につけてやると約束してくれたの。あたしには義父が頼りだった」
「それならどうして前大公さまがお亡くなりになられた後、まだ子供だったリヒモンドさまをおいて、宮殿から出て行ったのですか?」
次期大公の座に、自分の子を就けることを画策していたネルケだったのに、前大公が亡くなった途端、執着していたはずの息子を手放して、宮殿を出て行ったことが納得いかなかった。
やはり母親とは、自分の腹を痛めて生まれた子の方が可愛いと聞くから、他人の子であるリヒモンドには愛情を持てなかったということなのか?
「あなたがそれを聞く?」
ネルケが忌々しい表情で私を見る。その目は私では無い誰かを見ているように思えた。
「大叔母さまと、何らかの取引を?」
「そうよ。あの人には全てバレていたのよ。このことを公にしない代わりに、あの子を置いて宮殿から速やかに出て行くように言われたわ」
大叔母に赤子の入れ替わりの件が知られていたのだと、ネルケは明かした。
「その時に義父も、ベアトリスさまから忠告されたようで、リヒモンドに接触する事ができなくなってしまった。あの子は聡明だった。初めは利用するために手に入れた子だったけれど、一緒に暮らしていく内に情も湧いてきたし、何よりも聡明で利発だったから、何度この子が本当にあたしの産んだ子だったなら。と、思ったことか」
その言葉が聞けて良かったと思った。リヒモンドはネルケ夫人に愛されて育っていたのだ。考えてみれば、彼が母親から虐待されていたような話は聞いたこともない。
ネルケ夫人なりにリヒモンドが幼い頃は、可愛がって育ててきたのだろう。
「でも、リヒモンドを手放してから義父はすっかり元気がなくなった。真相はどうであれ実の孫のように可愛がっていた人だから。あたしも投げやりになっていたわ。夜会に出て色々な男性と交流を持つようになった。そこに大公殿下がいつしか加わって、気が付けば大公殿下しか側に残らなかった。そしてあの子を妊娠したの。ウルガーはこの子が男児だったなら、大公家の跡継ぎとして迎えると約束してくれた。アリアンヌには男児が生まれたと言われたし、義父と共に喜んでいたのよ」
ネルケの告白に、大公は顔色を変えた。大公もその時は浮かれきって、考えなしに発言してしまったのだろう。大公の中ではすでに終わったことでも、言われた側はいつまでも覚えているものだ。それだけに上に立つ者の発言は侮れない。




