54話・リヒモンドは他の男の種だろう?
「止めて頂戴。辛気くさくなるわ。それにあたしみたいな犯罪者に、頭を下げるなんて勿体ないわ」
「本当に済まない。このままではあなたが10年前の犯人にされてしまう。急ぎ戻って親父を止めさせ……」
「その必要はない」
「親父?」
このままにしては置けないと踵を返しかけたウォルフリックの足を止めたのは、大公の声だった。大公は数名の警護兵を連れ近づいてきた。
「きみたちの話は全て聞かせてもらった。済まない、ネルケ。我はきみをずっと疑っていた。きみはクランチオ侯爵に言われるがままに、従ってきたのだろう?」
「いいえ。違います。あたしの我が儘にお義父さまが付き合って下さっただけです。全ての咎はどうぞ、あたしだけに」
「先ほどクランチオ侯爵が自白した。我が弟であるリヒモンドを大公の座につける為に、今まで色々と画策してきたと。その為にその母親であるきみを利用してきたと言った」
不憫そうに大公はネルケを見る。ネルケは何を思ったのか笑い出した。
「ここの男連中は甘いわね。バレリーさま、あなたは気が付いているのでしょう?」
「何の話だ?」
ネルケの態度の変化に、大公はついて行けずに私に聞いてきた。夫人が笑ったのは呆れたからだ。
「大公殿下。以前、ウォルフリックさまから隣国では親子鑑定出来る技術があると聞きましたが、それをリヒモンドさまに使われたのでしょうか?」
「そのつもりだったが、母上に反対されて止めたのだ」
「大叔母さまには、前大公が認めたものを覆すのかとでも言われましたか?」
「その通りだよ。我としてはリヒモンドも真実をハッキリさせた方が、気が楽だと──」
「それはリヒモンドさまが望まれたことですか?」
この国では大公の言葉は絶対なのだ。大公が黒いものを白と言えば、白にされる。前大公はリヒモンドを自分の子だと認めた。それが違っていたとしても、我が子と認めた以上は覆してはならないのだ。とはいえ、今は亡き大公だ。現在の大公が命じれば拒む事もないと思うが。大叔母はなぜ、反対したのだろう?
「当然だろう? 見た目からして大公家の血を引かないんだ。リヒモンドは、他の男の種だろう? ネルケ」
この場でネルケに聞いてくる辺りからしても、大公は人の機微には疎いのかも知れない。人の上に立つ者として育って来たせいか、相手の身になって考えることが欠如している気がする。
「大公殿下は愚鈍過ぎる。義父はあたしの罪を被っただけ。真相にも近づけやしないわ」
「何?」
「あたしはアリアンヌ大公妃のように気高くもなければ、品も良くない。男達にとって連れて歩くのに適した女でも、妻として迎えるほどの価値はない。そんな女が出来ることと言えば、地位の高い男を優れた妻から奪い取ること。あの気位の高い前大公妃から、前大公を寝取った時は最高の気分だった。ロアルドさまはあたしの事を可愛がってくれたし、ちやほやしてくれた。嬉しかった。22年前、初めて子供を産んだ時、人生の最高潮を迎えた気がしたの。ロアルドさまが出産時に立ち合ってくれて、生まれたばかりの子を抱き上げて、隣室で控えていた義父に、『ウルガーに何かあったら、この子に跡を継がせる』と、約束してくれた」
その言葉に大公は顔を顰め、ウォルフリックも何とも言えない顔をしていた。
「ところがその赤子はたった数日で死んでしまった。あたしは焦ったわ。ロアルドさまがせっかく約束してくれたのに、その未来が綺麗さっぱり消えてしまったのだもの。そしたら乳母が言いだしたの。いま、ヘッセン家でお産が始まっているって。その赤子が生まれたら取り替えようって。そんなの無茶だって思った。初めは断った。でも、乳母はヘッセン家の乳母とは親戚なのだと言って、夜明け前に産まれたばかりの赤子を抱いて連れてきた」
「ネルケ。リヒモンドはそなたが産んだ子では……無かった?」
「ウルガー、何を今更。リヒモンドの容姿を見て疑っていたでしょうに」
ネルケの告白に、その場にいた皆が衝撃を受けていた。リヒモンドさまは前大公に似ている部分が無く、ネルケ夫人の元恋人だった父が、本当の父親なのでは無いかと陰口を叩かれてきたことがあった。が、まさかネルケ夫人が産んだ赤子が死産だった為に、母が産んだ子と入れ替えたとは思いもしなかった。




