52話・話が違う
「どうぞ。お二人は先に宮殿に戻られて下さい。ウォルフリックさまもお二人と一緒に先に帰られますか?」
「いや。俺はバレリーに付き合うよ。きみのことだからネルケ夫人に聞きたいことがあるのだよね?」
「はい」
「じゃあ、母さん。ディジーが乗ってきた馬車が門前にあったから、それに乗って先に帰っていてくれ」
ロズリーヌはウォルフリックの指示に従い、ディジーを連れてその場から去って行った。それを見届けてから私は鉄格子に近づき頭を下げた。
「ネルケ夫人。あなたに、レバーデン大公家が一方的にしいてきた理不尽なことに関してお詫び致します」
「未来の大公夫人が、そう簡単に頭を下げるものではないわ」
「でも、ここではウォルフリック公子以外に、他の者の目もありませんから」
私の行動をネルケ夫人が諫める。ウォルフリックは息を飲む。それは私の行動にたいしてなのか、ネルケ夫人がまともそうなことを言ったからなのかは分からない。
私がゆっくりと頭を上げると、目の奥に何かを宿したネルケが聞いてきた。
「あんたは何を聞きたいの?」
「大公夫婦はあなたが産んだ子は、男だと言い聞かせていたのですよね? いつ、あなたは自分が産んだ子が女の子だと知ったのですか?」
「ベレニスという公女の存在を、大公家が明らかにした頃よ。それまで大公家には、あたしが産んだ公子以外、子供がいるなんて聞いたこともない。その娘は養女なのかと思って聞いて回ったら、嫡男のウォルフリック公子には実は双子の妹がいて、その子は病弱だった為、静養地で暮らして来たなんて話が出て来た。あたしがあの頃産んだ子は一人。それなのにどこからかベレニスという公女が現れて気になったわ」
「そこで10年前のあの日、あなたは宮殿に向かった」
「そうよ。そしたら階段の踊り場で遊んでいる子供が二人いて、黒髪の少年と赤毛の少女がいた。近づいてよく見たら少女は、髪や瞳の色はあたしにとてもよく似ていた。あたしが産んだ子はこの子だ!って、一目で分かったわ」
「それであなたは、ベレニスさまを連れ去ろうとした」
「話が違うと思ったの。ウルガーは妊娠中から、あたしが産む子は大公家で引き取る。男児ならば跡継ぎとして育てると約束してくれた。自分で産んだ子を手元で育てられないことは残念だったけど、あの子の将来を思えばそれが幸せだろうと思っていた。それに妊娠中から産まれてくるあの子の誕生を楽しみにしていたアリアンヌになら、預けても何も問題ないと信じていた」
あたしのような女が育てるよりも、聡明なアリアンヌが教育してくれた方が確かでしょう? と、ネルケが自虐的に笑う。
「あの子が公子として育てられていくのを、この目で見守ってきた。直接会うことも禁じられていたから、遠目に成長を眺めてきたのよ。実の母親だって名乗りは出来なくとも、いずれあの子が大公の座に就くと思えば、そんなこと些細な事に思えた。あの子はあたしの自慢の子だったの」
「ベレニスさまが女の子だと知り、大公家に欺かれていた事を知ったのですね?」
「大公家にとって正統な男児が現れたことで、あの子は用済みになったのだと思ったのよ。このままここに置いておいたらあの子は、この先も大公家に都合良く扱われてしまう。そう思ったら手を握っていた」
私の追及に淀みなく答えるネルケ。彼女の言葉には嘘が無いように感じられた。隣でウォルフリックは黙って聞いていた。
「それでベレニスの手を引いたところで、公子に止められた」
「ベレニスは、あたしが実の母親だなんて知らなかったから、いきなり手を握られて驚いたのだと思う。嫌がって目の前の公子に助けを求めた。公子はあたしからベレニスを引き離そうとして騒いだところに、アリアンヌがきた」
「アリアンヌさまは、あなたがそこにいるのを見咎めた?」
「アリアンヌは、どうしてここにあなたがいるの? 約束を守って頂戴と睨んできた。あなたのような人がこの子達に近づくと良い影響を与えないと言いながら、子供達に『大丈夫? この人に何かされた?』と、聞いていたわ。一方的に悪者にされて腹が立ったのよ。石女めが!と言ったら、アリアンヌがもの凄い形相で掴みかかってきた。踊り場で揉み合っていて、彼女が背を向けた隙にその背を押したのよ」
ネルケは自分が、アリアンヌ大公妃殺しの犯人だと認めた。私には納得の行かない部分があった。




